古仏trufo(u)s,中仏truffeux「嘘つきの」に直接由来か、古仏truf(f)e「嘲り、欺瞞」に人名語尾-au(l)tが接続して派生。「詐欺師」の意。
Symons Truffaus(1298年Tournai(ベルギー、エノー州))
1
Jehan Truffaut(1435年Vire(カルヴァドス県))
2
Éleonor Trufaud(1517年La Garde-Freinet(ヴァール県))
3
Martin Truphaut(1572年St-Mallo
4(カルヴァドス県Bayeux郡))
5
Jean Triphaut(1656年Saint-Éliph(ウール=エ=ロワール県))
6
Christiaen Trouffauwt(1753年Kortrijk(ベルギー、ウェスト=フランデレン州))
7
ニックネーム姓。フランス北部、特にマンシュ県に多い。ベルギーにも散在。他にも異綴が多く、同じ発音の
Truffaux(ノール県に多い)、
Truffault(北部のオルヌ県、中部のシェール県)、
Trufau(l)t(セーヌ=マリティム県)、トリフォーと読む
Trifaux
(ベルギー中部)、
Triffaux(ロレーヌ地方北東部)、
Tryffaut(ノール県、ベルギー西部)、トリュイフォーと読む
Truyffaut
(ベルギー西部~中部)、トルフォーと読む
Trefaut(仏北東部)等の姓が有る。フランスの映画監督フランソワ・ロラン・トリュフォー
(François Roland Truffaut:1932.2.6 Paris~1984.10.21 Neuilly-sur-Seine(オー=ド=セーヌ県))が有名。
いずれも、古仏trufo(u)s「よく人を騙す、嘘つきの」
8,中仏truffeux「よく人を騙す、嘘つきの」
9という形容詞に直接由来しており、「嘘つき、ペテン師、詐欺師」を意味する。-(l)tの語末を持つ形は、ゲルマン語
男子名を語源とする場合が多い別起源の-au(l)t語末を持つ姓との類推により、二次的に綴り替えしたものと見なされ、-aux語末形が語源的祖形と
考える。この形容詞は現代フランス語には残っていないが、古仏truf(f)e,truphe「嘲り、揶揄、誤魔化し、欺瞞」
10に
形容詞形成接尾辞の古仏-o(u)s,-eus(←ラ-osus)が接続して派生したものである。従って、本姓の後半要素は英ambitious、delicious、famous
等の形容詞接尾辞-ousと同語源である。本形容詞の用例としては次のものが有る。
"..., car puis qu'ilz ont tenu celle truffeuse dignité ung jour ou deux ..."
「1日2日彼らが詐欺まがいの風格を保った時以来」
(15世紀の司祭、著述家、翻訳家
ミエロ(Jean Miélot:
ピカルディー出身)の翻訳書『Advis directif pour faire le passage d’oultre-mer』(1455年)454に見える
9)
古仏truf(f)e「嘲り、欺瞞」は15世紀に初出で
11、それよりも以前に古フランス語に登場していた「トリュフ」の意味
(仏Wiktionaryは13世紀初出
11、フランスの言語学者ドザ(Albert Dauzat)は1370年初出とする
12
)の比喩的用法から獲得した意味と考えられている
11, 13。その理由はトリュフの小ささや役立たなさから因むもの
とも
13、トリュフ採取でトリュフを見つけるのが困難であるからとも言われている
11。
又、年代が特定出来ないが仏北端のノール県ドゥエー(Douai)で
Jean Truffaldus14という名の教会参事会首席
(doyen)の名前が確認される。これが13世紀以前の古い記録ならば、古仏truf(f)e「嘲り、欺瞞」に動作主派生名形成接尾辞-aud(ゲルマン*waldan
「統べる、支配する」
15を第二要素に持つ男名のフランス語化形からの転用)が接続して生じた名前の可能性も有り得る。
この説はベルギーのロマンス語学者
ジェルマン(Jean
Germain)と、同じくベルギーの言語学者
エルビヨン(Jules
Herbillon)が採っており、-aud接尾辞はピカルディー地方とベルギーのワロン地方の方言としている
16。
一方、中世後期にはTruffaldusという男名がイタリア北東部にも出現している。
heredes
Trufaldi(1259年Mori(トレンティーノ=アルト・アディジェ州))
17
ser Trufaldus qu. domini Alexandri(1313年Valpolicella(ヴェーネト州))
18
Truffaldus(1315年Avio(トレンティーノ=アルト・アディジェ州))
17, 19
Trufaldus de minervis(1100~1400年代
20Padova(ヴェーネト州))
21
このイタリア語人名は現在は姓として残っていないが、やはり同語源の伊truffa「ペテン、詐欺」にゲルマン語の男名後半要素-ald(us)が
接続して生じており、「嘘つき、ペテン師」を意味する
17。イタリアにこの語形が有るという事は、並行してフランスに
も同じ構成の名前が発生していた可能性は十分考えられるので、ジェルマン等の説も有力である。
又、イタリア語に上記の指小形であるtruffaldinoという単語が有り、「詐欺師」を意味する。この語は即興喜劇コンメディア・デッラルテ
(伊Commedia dell'arte)の役名の一つでもあり、道化役のアルレッキーノ(Arlecchino(英Harlequin))に相当する。この名自体は18世紀の劇作家
ゴルドーニ(Carlo Goldoni:1707~1793)が、彼に劇の制作を依頼した道化役者のサッキ(サッコとも)(Antonio Sacchi(Sacco):1708~1788)に敬意を表して
アルレッキーノの新名として付けたものだった
22。道化役アルレッキーノはヴェネツィア方言を話し、ずるくて嘘つきで食いしん坊の
召し使い役というキャラクター性が有る
23。この狡猾で嘘つきという特徴から名付けられたものだろう。一方、17世紀のフランスの劇作家
モリエール(Molière)が最初に書いた喜劇
『粗忽者(ソコツモノ:L'Étourdi ou les Contretemps)』
(1655年初演)にも老人の役名で同じ名前が現われている(語形はTrufaldin)。モリエールの方がゴルドーニよりも100年ほど前に使っているので、
ゴルドーニがモリエールから名を拝借したのか、モリエールやゴルドーニ以前から存在していた言葉なのか良く解らない。
[Morlet(1997)p., 941, Germain et Herbillon(2007)p.981, Larchey(1880)p.473, Cellard(1983)p.133, ONC(2002)p.624]
◆古仏truf(f)e,truphe「トリュフ、嘲り、揶揄、誤魔化し、欺瞞」←古プロヴァンスtrufa「トリュフ」(伊truffa「詐欺、ペテン」,
西trufa「トリュフ、嘘」,葡trufa「トリュフ」)(音位転換)←俗ラ*tūfera「トリュフ」←オスク=ウンブリア*tūfer=ラtūber「瘤、トリュフ」←
PIE*tūbh-ro-(拡張形ゼロ階梯+名詞形成接尾辞)←*teuə-「膨らむ」
11, 13, 24。
音形からラtūber「瘤、トリュフ」のオスク=ウンブリア語対応形からの発達と見なす説が有力。イタリック語派内でもラテン語のbは
オスク=ウンブリア語ではfに対応する。例えば、ラlīber「自由な」=オスクloufrud≪単数与格≫「自由民」、ラruber「赤い」=オスクrufru「赤い」等
25。独treffen「当たる、出会う」(過去分詞getroffen)と関係づける説
13もある。又、
ギtryphé「高慢」との関係を想定する説も有るようだが、これは学者からは否定されている
13。
1 Godefroy(1880-1895)vol.7 p.127
2 J.-B. Dumoulin "Mémoires de la Société des antiquaires de Normandie. vol.2 part.2"(1838)p.82
3 Louis Ventre Artefeuil "Histoire héroïque et universelle de la noblesse de Provence. vol.1"(1776)p.277
4 この地名は不詳。本記録の前後に現われている地名は全てカルヴァドス県バイユー郡の地名なので、バイユー
近郊に存した地名と判断した。一字違いの現存のサン=マロ(Saint-Malo)の地名は、フランスに
10箇所以上存するが、バイユー近郊所在のものは皆無である。
5 E. Valette, L. Jouan "Société des sciences , arts et Belles -Lettres de Bayeux. Memoires. vol.9"(1907)p.147
6 Joseph Beauhaire "Diocèse de Chartres: Chronologie des évêques, des curés, des vicaires et des autres
prètres de ce diocèse."(1892)p.576
7 http://belgian-surnames-origin-meaning.skynetblogs.be/index-96.html
8 Godefroy(1880-1895)vol.8 p.99
9 http://www.cnrtl.fr/definition/dmf/truffeux?idf=complXrmYXcbhbfa;str=0
10 Godefroy(1880-1895)vol.8 p.97
11 https://fr.wiktionary.org/wiki/truffe#fr
12 Albert Dauzat "Dictionnaire étymologique de la langue française."(1954)p.731
13 Ottorino Pianigiani "Vocabolario etimologico della lingua italiana."(1907) vol.2 p.1479
14 Académie royale des sciences, des lettres et des beaux-arts de Belgique "Mémoires: Collection in 80. vol.21"(1926)p.578
15 http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_w.html
16 Germain et Herbillon(2007)p.981
17 Christian Schneller "Tirolische namenforschungen."(1890)p.302
18 Giambatista Verci "Storia Della Marca Trivigiana e Veronese."(1787)p.177
19 Edward Schroeder, Gustav Roethe "Zeitschrift für Deutsches Altertum und Deutsche Literatur. vol.36"(1892)p.63
20 原出典の古文書に欠損が有るらしく、校訂本では文中の記録年を"MC..."としか書かれていない。従って、1100~1400年代の
いつかという事になる訳だが(恐らく、前後の段落の紀年から判断するに、12~13世紀の記録と思われる)、詳細な年代は特定不能。
21 Giuseppe Biancolini "Dei Vescovi e Governatori di Verona dissertazioni due."(1757)p.140
22 Roberto Alonge "Goldoni: dalla commedia dell'arte al dramma borghese."(2004)p.18
23 小学館伊和中辞典第二版p.113
24 英語語源辞典pp.1468f.、Pokorny(1959)p.1080、Watkins(2000)p.92、ロベール仏和大辞典p.2462
25 http://wordgumbo.com/oscan
更新履歴:
2016年3月29日 初稿アップ