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Schliemann シュリーマン(独)
概要
①中低独slī(g)「テンチ(コイ科の魚)」+中低独man「人」よりなり、「テンチ漁師、テンチ商人」を意味する。
②中低独slē「スピノサスモモ(バラ科)」+中低独man「人」よりなり、「スモモが生える場所付近の住人」「スモモ商人」の意味。
③中低独slīm「泥、ぬかるみ」を語源とする地名Schliem+中低独man「人」よりなる。
詳細
Joh. Slyman(1400年頃Lübeck)1
Merten SlimanMerten Sclineman(1459年)2
Clawes Slyman(1466年Lübeck)3
Hans Slyman(1466年Lübeck)3Hans Sligmanne(1467年Lübeck)4
Arndt SlimanArndt Slyman(16世紀中葉Hamburg)5Arndt SchlymanArnold Slyman (1540年Hamburg)6
Hinr. Schliemann(1650年Wismar)1

ドイツの考古学者ヨハン・ルートヴィヒ・ハインリヒ・ユリウス・シュリーマン(Johann Ludwig Heinrich Julius Schliemann:1822.1.6 Neubukow(メクレンブルク=フォアポンメルン州)~1890.12.26 Napoli(伊、カンパーニャ州))の姓。ドイツ語圏北部に多い姓で、シュレスヴィヒ= ホルシュタイン州、ニーダーザクセン州、ノルトライン=ヴェストファーレン州、メクレンブルク=フォアポンメルン州に多く分布。 以下に挙げる三つの語源説があるが、上掲の古い語形から①に由来しているケースが多いと思われる。
①職業姓。中低独slī(g)「テンチ(コイ科コイ目に属する淡水魚、学名Tinca tinca)」7(=独Schleie)と中低独man「人、男」 8に由来し、「テンチ漁師、テンチ商人」を意味する。1249年ハンブルクでEsselinus Slibrogerという人名の記録が あるが9、廃姓Slibrogerの後半要素は中低独brogen,broien,brugen「熱湯に浸す、料理する」10 (=独brühen)に由来しており、「テンチ料理師」を意味している。
[Gottschald(1982)p.435,Kohlheim(2000)p.583,Bahlow(2002)p.447,(1972)p.416,(1982)p.,ONC(2002)p.550,辻原(2005)p.99]
②居住地姓、職業姓。シュレージエン。中低独slē「スピノサスモモ(バラ科サクラ属の低木、学名Prunus spinosa)」11 (=独Schlehe「スピノサスモモ」,英sloe「リンボク」)と中低独man「人、男」に由来し、「スモモの木が生える場所の近くの住人」「スモモ商人」を意味する姓。 スピノサスモモの実は食用にされる。cf.シュリーフェン(Schlieffen)
[Gottschald(1982)p.435,ONC(2002)p.550]
③地名姓。コールハイム本にのみ見える説で、ニーダーザクセン州の地名シュリーメ(Schlieme)に中低独man「人」が付随して生じた姓で、「Schlieme 出身者」を意味するという。この地名はかなりマニアックなもので、同州中部フェーアデン(Verden)郡テーディングハウゼン(Thedinghausen)行政共同体 リーデ(Riede)村にある小地名である。ブレーメンの直ぐ南東に位置し、ヴェーザー川(Weser)の南岸にある。地名の変遷を以下に挙げる。
Sclime(1055年頃/1112年)12, 13
Slimae(11世紀)14
Slime(1292年)15
Slyme(1500年代初頭(?))16
Sliem(1696年)17

中低独slīm「粘液、泥、(柔らかい)ぬかるみ(Schleim, Schlamm, weicher Schmutz)」18(=独Schleim「粘液」,英slime「粘液、 スライム」),低独schleim「粘土質の土地(Kleiboden)」19に由来する19。「ぬかるみ、湿地」を 意味する地名で、日本の地名では「湫(クテ)」に意味上対応。ドラクエの雑魚モンスター「スライム(slime)」はその英語の対応語で、元々同じ単語である。 フランス語圏にも、このゲルマン語由来の地名が存在し、北部パ=ド=カレー県ベテューヌ(Béthune)郡の村レクレーム(L'Éclème:古形Lesclime (1244年))19、同県モンルイユ(Montreuil)郡の村エクリムー(Éclimeux:古形Esclimeu(1176年)) 19も全く同じ語源の地名である。①と同根。
[Kohlheim(2000)p.583]
◆中低独slī(g)「テンチ」←古ザクセン*slīo←ゲルマン*slīwam(a語幹中性名詞)「粘液、テンチ」(古英slīw,slēo「テンチ」,古高独slīo「テンチ」,古ノルド slȳ「ぬめぬめした水生植物」)←PIE*slei-wo-(+形容詞形成接尾辞)←*(s)lei-「ぬるぬるした」(ギlineús「表面がぬめぬめした魚」,ラlēvis「滑らかな」, リトアニアlýnas「テンチ」,露lin'「テンチ」)20。古ザクセンの語形は未文証で、再建形はゲルマン祖語形や似た様な語形の 単語の対応語(英lee「物陰」等)を参考にマルピコスが設定。印欧祖語の二重母音eiは、規則的にゲルマン祖語īに発達する。

◆中低独slē「スピノサスモモ」←古ザクセン*slēha←ゲルマン*slaiχ(w)ōn(n語幹女性名詞)「スピノサスモモ」(古英slāh「スピノサスモモ」, 蘭slee「スピノサスモモ」,古高独slēha,slēwa「スピノサスモモ」,スウェーデンslå(n)「スピノサスモモ」)←(?)PIE*sloikwo-←(?)slī-「青味がかった」(ラlīvidus「青味がかった」 (>英livid),古アイルランドlī「絵の具、色」,ウェールズlliw「絵の具、色」,露slíva「スモモ」)21。ゲルマン語の諸対応から 、ゲルマン祖語形を*slaiχ(w)ōnと想定するしかないが、ここからPIE語根slī-「青味がかった」に遡らせるのは、かなり強引である。
私の素人考えでは、この「青味がかった」を意味する PIE語根を*sleiH-という形に想定すれば、何とか無理矢理ゲルマン語の対応と他語派の対応を結び付ける事は出来るように思う(勿論、素人の私が遊び半分に 考えたものなので、真に受けないよーに)。語根*sleiH-のo階梯*sloiH-に形容詞形成接尾辞*-wo-22が接続し、更に 何らかの理由で語根末の喉音が硬化してkとなり、*sloikwo-23となった。何らかの理由が思い浮かばないのが難点!!。 wが後続した事による影響だろうか?。他の語派の形は*sleiH-のゼロ階梯*sliH-に形容詞形成接尾辞*-wo-が接続した形から出発。後に喉音消失による 代償延長で*slīwo-となった。と、一見すると旨く説明できている様に見えなくもないが、本場のプロの言語学者がどの様な音変化のプロセスを 想定しているか、私は知らない。
因みに、上掲の様にゲルマン語派 以外の確実な対応は、イタリック、ケルト、スラヴの三語派しか無いので、ワトキンズは祖語の語根を立てていない。尚、バルト語派の対応( リトアニアslyvà,古プロシアsliwaytos「スモモ」)は、ポコルニーによればスラヴ語からの借用だそうだ。

◆中低独slīm「粘液、泥」←古ザクセン*slīm←ゲルマン*slīmaz(a語幹男性名詞)「粘液」(古英,フリジア,古高独,古ノルドslīm「粘液」)←PIE*slei-mo- (+形容詞・名詞形成接尾辞)←*(s)lei-「ぬるぬるした」(ギleímax「カタツムリ」,ラlīmus「泥、汚物」,古アイルランドslemun「滑らかな、滑りやすい」, 露slína「唾液」)20, 24
1 Bahlow(1972)p.416
2 Paul Steinmann "Quellen zur ländlichen Siedlungs-, Wirtschafts-, Rechts- und Sozialgeschichte Mecklenburgs im 15. Und 16. Jahrhundert: pt. 1. Amt Crivitz. Vogtei Crivitz, mit Land Silesen und Vogtei Parchim."(1965)p.58
3 Friedrich Techen "Urkundenbuch der Stadt Lübeck: 1139-1470. vol.11"(1905)p.31
4 ibid. p.304
5 Karl Koppmann "Kämmereirechnungen der Stadt Hamburg: vol.7(1555-1562)"(1894)p.37、p.84、p.183、p.379
6 Karl Koppmann "Kämmereirechnungen der Stadt Hamburg. vol.5(1501-1540)"(1883)p.782
7 Lübben(1888)p.353-354
8 ibid. p.217
9 Bahlow(2002)p.447
10 Lübben(1888)p.67
11 ibid. p.352
12 Gudrun Pischke "Herrschaftsbereiche der Billunger, der Grafen von Stade, der Grafen von Northeim und Lothars von Süpplingenburg. vol.29"(1984)p.31
13 Oesterley(1883)p.609
14 Förstemann(1872)sp.1348
15 Martin Last "Adel und Graf in Oldenburg während des Mittelalters."(1969)p.130
16 Wilhelm von Hodenberg "Bremer geschichtsquellen."(1856)p.150
17 Gudrun Lueken-Dencker "Kulturbilder aus der alten Grafschaft Hoya: aus dem Leben in der nachreformatorischen Zeit ."(1991)p.447
18 Lübben(1888)p.354
19 Ernst Gamillscheg "Romania Germanica: Sprach- und Siedlungsgeschichte der Germanen auf dem Boden des alten Römerreiches. vol.1"(1970)p.131
20 Pokorny(1959)p.662-664、Köbler idgW S項p.131
21 英語語源辞典p.1294、Pokorny(1959)p.965、Köbler idgW S項p.135-136
22 Watkins(2000)p.102
23 Köbler idgW S項p.135-136
24 英語語源辞典p.1293、Watkins(2000)p.80

執筆記録:
2012年2月11日  初稿アップ
PIE語根①Schli-e-mann:1.*(s)lei-「ぬるぬるした」;2.*-wo-形容詞形成接尾辞;3.(?)*man-1「人」又は(?)*men-1「考える」
②Schlie-mann:1.*(?)slī-「青味がかった」;4.(?)*man-1「人」又は(?)*men-1「考える」
③Schlie-mann:1.*(s)lei-「ぬるぬるした」;2.*-mo-形容詞形成接尾辞;3.(?)*man-1「人」又は(?)*men-1「考える」

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