Ravel ラヴェル(仏)
概要
①古仏ravel「小さなカブラ」に由来し、「カブラ栽培農家、カブラ売り」の意。
②同名の地名に由来するが原義不詳。中でも古仏rev(i)el「反逆、反乱」に由来し、「反乱軍の城」を原義とする説が有力。
③作曲家ラヴェルの姓は、古仏ravet「ワサビダイコン」を語源とする姓Ravet、Ravez、Ravexの訛形に由来する。
詳細
仏全域に見られるが、南東部に分布の比重が高くなっている。作曲家ラヴェルの姓の起源は③を参照のこと。
Antoine Ravel(1509年Lassale(ガール県))1
Joannem Ravel(1564年Reims(マルヌ県))2
Berthomieu Ravel(1592年Tresques(ガール県):耕作人)3
Louys Favier dit Ravel(1657年Dessia(ジュラ県))4

①職業性、ニックネーム姓。古仏ravel「小さなカブラ」に由来し、「カブラ栽培農家、カブラ売り」を意味するか、或いは何らかの点で カブラと関係づけて名付けられた渾名に由来する姓。この単語は本来、古仏rabe,rave「カブラ」(>仏rave)の指小形。
[ONC(2002)p.517,Morlet(1997)p.836]

Pontius de Revel(1164年Tonnerre(ヨンヌ県))5

②地名姓。以下の地名に由来する。
●ラヴェル(Ravel)(仏中南部ピュイ=ド=ドーム県クレルモン=フェラン(Clermont-Ferrand)郡ヴェルテゾン(Vertaizon)小郡ラヴェル村)
地名の初出形が確認できないが、仏Wikipediaに当地に存するラヴェル城の初代城主の名としてPierre de Ravel(1147年)を挙げている。また、 1171年Bernard de Revelという人物の存在を指摘している6

●ラヴェル(Ravel)(仏南西部ドローム県ディ(Die)郡シャティヨン=アン=ディワ(Châtillon-en-Diois)小郡シャティヨン=アン=ディワ村)
Castrum de Revello(1224年)7, 8
Revel(1230年)7
Prioratus de Ravello(1449年)7
Ecclesia Sancti Blasii Ravelli(1509年)7

●ラヴェル(Ravel)(仏南西部ドローム県ディ(Die)郡クレスト=ノール(Crest-Nord)小郡ヴォーナヴェ=ラ=ロシェット(Vaunaveys-la-Rochette)村)
Ravel ou Chantemerle(17世紀)7

●ラヴォー(Raveau)(仏中部ニエーヴル県コーヌ=クール=シュル=ロワール(Cosne-Cours-sur-Loire)郡シャリテ=シュル=ロワール(Charité-sur-Loire)小郡ラヴォー村)
Iterus de Ravellon(1144年:人名)9, 10
Ravellum(1331年)9

また、仏南西部ロワール県モンブリゾン(Montbrison)郡フール(Feurs)小郡サルタン=ドンズィ(Salt-en-Donzy)村にRavelの地名があるが、初出がRavel(1887年) 11。これ以上古い記録が無く、苗字の由来元となったとは考えにくい。

これらの地名はいずれも同語源と思われるが、語源については様々な説が飛び交っており定説は無い。その中でも、比較的多くの支持を得ている説として、 古仏rev(i)el,revial,resvel,reveal,reveil,rive(au)l,rav(i)el,raveal,riesviel,rebel「反逆、反乱、抵抗、傲慢(rébellion, révolte, orgueil)」12、 プロヴァンスrevel「反乱、異議、困難、対立、戦闘、抵抗、歓喜、陽気、目覚め、不服従」13由来説で、ネーグルやヴィアル、『Oxford Names Companion』 等に採用されている14, 15, 16。ヴィアルの解説によると、ドローム県のRavelはフランスがまだ統一されていなかった時期、フランスの中央政府に抗した 南フランスの反乱軍が建立した城に因む地名とする14。つまり、「反乱軍の城」が原義という。然し、単に「反撃用城塞」の様な意味の 可能性もある。

ジャン・トスティ(Jean Tosti)氏は、自著のウェブ仏姓語源辞典で、これらの地名はラテン語のrivus「水流」の指小形に由来するとしている。即ち、原義は 「要塞を守る為の掘り」で、ここから後に「要塞」そのものを指す様になったという。根拠としては、フランス語のravelin「半月堡(ハンゲツホ)」17を挙げている。 仏ravelinはラrivus「水流」の指小形であるとされているためである。ただし、仏ravelinはravellinの形で1450年に初めて文献上に現れ、古イタリア語の ravellino「半月堡」の借用である。古伊ravellinoの語源は実際には良く解っておらず(現在のイタリア語形rivellinoは伊riva「堤」の指小形として再解釈された為)、 語形からラrivusとの語源的関係は無いと考えられる。これとは別に伊Wikipediaのrivellino「半月堡」項に見える、ピャニジャーニ(Ottorino Pianigiani)が採用している 語源説が魅力的。それによれば、ラテン語の反復を表す接頭辞re-とvallāre「城壁や柵で囲んだり補強する」から形成された後ラrevalloが起源とする。後にこの様な 外塁が小サイズで建設されたものに対し、その指小形のravellinoと言うようになったとする18。後ラrevalloが実際の使用例が有るか解らないが、 この語が上記の仏地名Ravel、Raveauの語源である可能性も捨てきれない。

又よく知られている説として、①と同語源で古仏ravel「小さなカブラ」に由来し、「カブラ農場」を原義とする説がある8。又、ピュイ=ド=ドーム県の Ravel地名だけは、ヴィアルと『Oxford Names Companion』では「小さなカブラ」由来説をとっている19。この説はトスティは有り得ない として一蹴している。

ゴドフロワは自著の古フランス語辞典で古仏ravel,ravau(lt)「大きな木片(le gros bout de l'arbre)」の語を挙げ、上記の地名の語源となったとしている20 (この説は仏Wikipediaのニエーヴル県Raveau項でも掲載されている21)。
[ONC(2002)p.517,Morlet(1997)p.836]

Gilles Revet(1680年Saint-Chéron les Chartres(ウール=エ=ロワール県))22

③ニックネーム姓。フランスの作曲家ジョゼフ=モリス・ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel:1875.3.7 Ciboure (ピレネー=アトランティック県)~1937.12.28 Paris)の姓は、また別語源である。先祖を遡ると、音楽家ラヴェルの父ジョゼフ・ラヴェル(Joseph Ravel:1832-1908)は内燃機関を開発した技師で、 スイスのジュネーヴ州北東端のヴェルソワ(Versoix)で生まれた。そのまた父(音楽家の祖父)はエメ=フランソワ・ラヴェル(Aimé-François Ravel)といい、 仏東端のスイスとの国境に近いコロンジュ=ス=サレヴ(Collonges-sous-Salève(オート=サヴォア県Saint-Julien-en-Genevois郡))にて1800年に生まれ、 後にヴェルソワに移住、スイス国籍を得てスイス人となった。その父、音楽家の父方の曾祖父は名をフランソワと言うが、苗字は彼の息子が洗礼を受けた時はRavexと、 その4年後にフランソワが亡くなった時はRavetと綴られている23。他にもRavezとも綴られており、これらの内Ravetの綴りの語末のtがlと誤解された為に、 しばしばRavelと読まれる事が有り、その訛形が定着したものと考えられている24

モルレによれば、古仏ravet「ワサビダイコン、セイヨウワサビ(raifort)(学名:Armoracia lapathifolia)」25に由来し、その栽培農家か商人が名乗った姓とする。 一方、モンタンドン(Ch. Montandon)によれば仏rave「カブラ」に指称辞-etが接続した形に由来する説をとる26。即ち「カブラ栽培農家」の意。いずれにしても、ラrapum「カブラ」の -(e)t指小辞による派生形で、①と同根。
[ONC(2002)p.517,Morlet(1997)p.836]
他にも、18世紀フランスの著述家ド・ラ=シュネ・オーベール(François-Alexandre de la Chenaye-Aubert:1699-1784)の家族史を扱った文献によると、プロヴァンスの ラヴェル(Ravel)家の中にはイタリア発祥のものもあったようである。これは伊姓Ravelliを語源としていると考えられる。
"Ravel、或はRevelとも。イタリアのピサ発祥で、Esclapon27男爵。プロヴァンスに渡ったこの姓を持つ人物の最初の記録は、1536年に神聖ローマ帝国皇帝カール 5世麾下の軍隊を退役し、ドラギニャン(Draguignan:仏南西部ヴァール県)のヴィカリウス所轄区域(viguerie)28で役人として 働いていたN..... de Ravel29である。 彼の子孫は貴族として暮らした。子孫のJean-Baptiste de Ravelは1676年Esclapon男爵となる。エクス=アン=プロヴァンス(Aix-en-Provence)で大法官府の王の 秘書官の地位にあった。..."30
◆古仏rabe,rave「カブラ」←ラrāpa(複数形)「カブラ」(西,葡rabo「尻尾、肛門」,カタルーニャrave「ハツカダイコン」,伊rapa「カブラ」)←rāpum (o語幹中性名詞)「カブラ」←PIE*rāp-「塊茎」(ギrhápus「カブラ」,ウェールズerfin「カブラ」,古高独ruoba「カブラ」,古露rěpa「カブラ」,リトアニアrópė「カブラ」)31。 ウェールズerfin「カブラ」はPIE*h1er1gwo-「豆」(独Erbse,ラervum)由来説 もある。
◆古仏rev(i)el「反逆、反乱」←ラrebellis「~と抗争中の、暴動を起こした」(西,葡rebelde「反逆の、反抗的な」,カタルーニャrebel,伊ribelle「反逆する、 反逆心のある、反抗的な」)←rebellāre「再戦する」←re-反復接頭辞(←?:語源不明)+bellāre「闘う」←bellum「戦い」←《古語、詩語》duellum「戦い」 (英duel「決闘、デュエル」)←(?)PIE*dāu-,*deu-「傷つける、破壊する、焼く」(ギdúē「不幸、苦痛」,古英tēona「危害、損傷、不幸、怒り、悲嘆」,サンスクリット dunóti《3単現》「焼く」)32。この印欧語根は人名ローレンス(Laurence)の語源となったラlaurus「月桂樹」の語根ともされている。 後裔とされる各対応に形義の上でかなりばらつきが有るので、祖語に遡る可能性は低いと思われる。 印欧祖語や古ラテン語の子音クラスター/dw/は古典ラテン語で/b/に転じた(類例は英two「2」と同根の仏姓ベッソン(Besson)、伊姓ベルルスコーニ(Berlusconi)にも見られる)。
1 "Inventaire du notariat de Lasalle (Gard)"p.240
2 Philippe Labbe et Gabr. Cossart "Sacrosancta concilia ad regiam editionem exacta quae olim quarta parte."(1733)sp.1351
3 "Inventaire du notariat de Bagnols (Gard)"p.1646
4 "La Population de la Franche-comte Recensements Nominatifs de 1654, 1657, 1666. vol.3"p.153
5 M. Maximilien Quantin "Cartulaire général de l'Yonne: recueil de documents authentiques."(1860)p.170
6 http://fr.wikipedia.org/wiki/Ch%C3%A2teau_de_Ravel
7 Brun-Durand(1891)p.296
8 Morlet(1997)p.836
9 de Soultrait(1865)p.156
10 Jean Lebeuf,Ambroise Challe,Maximilien Quantin "Mémoires concernant l'histoire civile et ecclésiastique d'Auxerre et de son ancien diocèse. vol.4"(1855)p.37
11 Dufour(1946)p.786
12 Godefroy(1880-1895)vol.7 p.164、vol.6 p.624
13 Honnorat(1846)p.1076 原文で挙げられている語義をあらわす単語に、révolte, contestation, difficulté, opposition, combat, résistance, joie, gaieté, reveil, désobéissance。このうち、「歓喜、陽気」の意味発達は「反乱」→「お祭り騒ぎ」→「歓喜、陽気」という転義と思われる (cf.同源の英revel「祝宴、お祭り騒ぎ」)。「目覚め」の意は別語源の仏réveiller「起床する」の影響か。
14 Vial(1983)p.262
15 Nègre vol.3(1998)p.1481
16 ONC(2002)p.517
17 半月堡とは 城塞建設の用語で、15世紀のイタリアで発明された星型要塞(稜堡式城郭とも)の本体の城砦を囲む様に配置された外塁のことである。日本で最も有名な星型要塞は、 函館の五稜郭だが、ここにも一か所だけ半月堡が建設されている(幕末の幕府の財政困難から、建設予定の5ヶ所から減らされたもの)。
18 http://it.wikipedia.org/wiki/Rivellino
19 Vial(1983)p.162
20 Godefroy(1880-1895)vol.6 p.624
21 http://fr.wikipedia.org/wiki/Raveau_(Ni%C3%A8vre)
22 René Merlet "Inventaire sommaire série H tome 2 - AD Eure-et-Loir. vol.9"(1968)p.5
23 Roland Manuel "Maurice Ravel."(1947)p.13
24 Hans Heinz Stuckenschmidt "Maurice Ravel: Variationen über Person und Werk."(1966)p.19
25 Godefroy(1880-1895)vol.6 p.627
26 http://www.favoris.ch/patronymes/
27 仏南西部ヴァール(Var)県ドラギニャン郡ファヤンス(Fayence)小郡モン(Mons)村にある小地名。
28 南仏の国王や伯を代理した役人のことをヴィカリウス(仏viguier)という。ラテン語のvicārius「代理の」に由来。時代によって多少意味合いが異なっているようで、 フランク時代は裁判権を持ち、伯(comte)の職務を代行した。アンシャンレジーム(16-18世紀)下では、国王役人。他地方のプレヴォ(prévôt)に相当。
29 原文ママ。一次資料においてファーストネームは頭文字以外判読不能のようである。
30 François-Alexandre Aubert de La Chesnaye Des Bois "Dictionnaire Généalogique, Héraldique, Chronologique Et Historique. vol.6"(1761)p.246
31 英語語源辞典p.1150、Černych(1993)vol.2 p.111、http://en.wiktionary.org/wiki/rapum
32 英語語源辞典p.1156、http://en.wiktionary.org/wiki/rebel

執筆記録:
2013年12月6日  初稿アップ
2013年12月11日  誤植などのケアレスミスを修正。
PIE語根①Rav-el: 1.*rāp-「塊茎(tuber)」; 2.*-lo-指小接尾辞
②Ra-vel:1.語根不詳; 2.(?)*dāu-,*deu-³「焼く、傷つける、破壊する」、 又は(?)*walso-「柱」
③Rav-el: 1.*rāp-「塊茎(tuber)」;2.語根不詳

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