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van Nistelrooij ニステルローイ(蘭)
概要
北ブラバント州にある小地名ニステルローデ(Nistelrode)に由来するが、「灌木林近く」、「イラクサ森」、「西森」等の原義が提唱されているが 真相は不明。
詳細
Leonart van Nistelroy/Joseph van Nistelroy(1575-1576年's Hertogenbosch(北ブラバント州))1
Henricus Wilhelmi de Nistelroey(1550年's Hertogenbosch)2
Joannes Guillielmi van Nistelrode(1561年's Hertogenbosch)3
Leonardi de Nistelroy(1627年)4
Hermanus van Nistelroy(1699年Den Haag(南ホラント州))5

地名姓。オランダのサッカー選手ルトヘルス(ルート)・ヨハネス・マルティニウス・ファン・ニステルローイ(Rutgerus("Ruud") Johannes Martinius van Nistelrooij:1976.7.1 Oss(北ブラバント州)~)の姓。異綴にファン(ヴァン)・ニセルローイ(van Nisselrooij)、ファン(ヴァン)・ ニステルローデ(van Nistelrode)姓がある。この3姓の内、van Nistelrooij姓が圧倒的に多い。van Nistelrooij姓は北ブラバント州の マースドンク(Maasdonk)、ベルンヘーゼ(Bernheze)、セルトーヘンボス('s-Hertogenbosch)、そしてかのサッカー選手の故郷オス(Oss)といった自治体に 集住しており、ここを中心に分布する地域密着タイプである。他の2姓も似たような分布を示す。

実は苗字の集住地のど真ん中にあるベルンヘーゼ村の北東部に、ニステルローデ(Nistelrode)という集落があり、苗字はこの地名に由来している。 地名の歴史上の変遷を以下に列挙する。
Nisterle(1205/1361/1378/1429/1620年)6, 7
Nysterle(1291年)8
Nistelre(1384/1439年)6, 9
Nystelre(1531年)6
Nistelroye en Nestelroy(1560年)6

上掲の通り、この地名は古形を調べないと語源解釈を誤る危険性がある典型例といえる。現名Nistelrodeは、過剰修正によって生まれた最も 真の語源から遠ざかった形なのだった。本来は後半の子音連続は-rl-であり、後に音位転換(metathesis)を起こして入れ替わっている。この変化は 北ブラバント州の地名に多く見られる。例を挙げる。

■Tongelre(エイントホーフェン(Eindhoven)市):初出Tongelare(1282年)。後、de Tongerloe(1338年)、Tonghelre(1404年) 、Tongelro(1544年)、Tongerloo(1575年)10。この地名はオランダ、ベルギー各地にあるTongerlo地名と 同語源。
■Waalre(ワールレ町):初出Waderlo(1175年)11
■Wintelre(エールセル(Eersel)町):初出Winterle(1597年)11

他にも、直接は連続しないがr...lという子音順番が、ブラバント方言では入れ替わる例がある12
●蘭kervel「チャーヴィル(パセリに似たセリ科の香草)」(英chervil)=ブラバント方言kelver
●蘭armvol「腕で一抱えの量」(英armful)=ブラバント方言ervel, elver

つまり、Nisterle→Nistelrodeの変化はブラバント方言の音声学的な癖によって引き起こされた。Wikipediaオランダ語版によれば、Nistelrodeの 語形は15世紀に流行り出したものと言う。地名が音位転換を蒙った後の後半要素-reが、中オランダrode「開墾地や牧草地・居住区を作る為に森を 切り開いた場所」13の方言形・訛形と誤り解された為、無用な修復を受けたのである。15世紀以降オランダ語では 母音間の-d-が消失するようになり(恐らくフランス語の影響であろう)、rodeの異形としてrooi,raaiの様な語形が現れたのが原因であった 13。では、本来の後半要素-leの正体は何かというと、上掲の他の地名にも現れている中オランダloo「灌木」 14(>蘭lo)、或いはその古語である未文証の古低地フランク語語彙(cf.古ザクセン*lā,*lōh「灌木林、森、神苑」 15、蘭姓フンテラール(Huntelaar))と考えられる。

次に、前半要素Nister-の由来に移ろう。Nistelrodeの原義は「灌木林近くの村(een gehucht Loo in de nabijheid)」という説があるが16、 これは前半要素を「近い」の意味で解釈していると考えられる。その根拠は如何なるものか。少なくともオランダ語にはnisterの形に類する 「近い」の意の単語は見当たらない。素人考えだが、英next「一番近い、次の」に対応する蘭naast「一番近い」(本来は蘭na「後の、後ろの(原義「近い」)」 の最上級)と関係付けている様にしか見えないが、その積もりなのだろうか。最初の母音も合わないし(a→iの変化は、幾らなんでも急すぎるだろう )、Nister-の語末-er-の説明も困難である。

Wikipediaオランダ語版によれば、第一要素nister-の語源は不明としていが、中オランダnētel(e),netle「イラクサ」17 (>蘭netel「イラクサ」=英nettle「イラクサ」)由来説と中オランダ*wester「西の」18由来説を提案している 8。前者は地名の古形を知る前までは私も考えていた案である。当然古形と合致しないし、音対応の面からも支持出来 ない。重子音でもなんでもない母音に挟まれた-t-が-st-に変化するのはかなり無理が有るからだ。一方後者の説は中々面白い説である。 これは前置詞のinやvanに地名が後続したとき、その語末音nが後続の地名の語頭に接着し、地名がN-から始まると誤解されて生じたと する着想である(これを異分析(metanalysis)という)19。後続地名の語頭が母音で始まるならこの現象は起きるが、 然しながらこの提案ではw-から始まるので、少々難しいのではないかと思われる(W-で始まる地名で同様の例があるのか、私は知らない)。

或いは、ドイツ西部ラインラント=プファルツ州北部の村ハム(Hamm)でライン川の支流ジーク川(die Sieg)に注ぐ川ニスター(die Nister)の 名が参考になるかもしれない。この河川名の古形を以下に挙げる。
ad ... Nistram(1064年)20
Nistera(11世紀)20

ゲルマン語語圏には語末に-str-という接尾辞を持った河川名が甚だ多く、例えばドイツにアルスター(Alster)、ボイスター(Beuster)、 エルスター(Elster)、エムスター(Emster)、ゲルスター(Gelster)、リスター(Lister)、エスター(Öster)、ウルスター(Ulster)、 フィンスター(Vinster)、ヴィルスター(Wilster)、オランダにベームステル(Beemster)等がある。又、例は少ないが山や島の名前にも この接尾辞が見られる。ニスター川の名は、ノルウェーに存在するニストラ(Nistra)川の名に対応しているとされている。然し、-str-接尾辞を 取っ払った後に残される前半要素ni-については明確な説明がなされていない。メッツラー(Werner Metzler)によれば、ニスター川の名の祖形を *Nid-straと想定し、他のドイツのニッダ(Nidda)やニート(Nied)といった河川名との関係を考えている20。 ニステルローデの近くにも、*Nisterの様な名前の川がかつて存在し、その名に因んだ地名の可能性も考えられると思う。この提案も形の 類似だけで、取り立てて証拠になるものは何も無いが。

以上の様に、「灌木林近くの村」、「イラクサの生える森」、「西森」、河川名Nisterと関係付ける説など、様々な提案を紹介した。然し結局のところ どれも疑わしく、語源不明とするほか無さそうだ。今後、何か良いアイデアが浮かんだり、見つけたら紹介しようと思う。
1 "Inventaris der archieven van de stad 's Hertogenbosch. vol.2"(1866)p.908-909
2 Lodewijk Hendrik Christiaan Schutjes "Geschiedenis van het bisdom's Hertogenbosch. vol.4"(1873)p.80
3 ibid. p.86
4 Vereeniging het Nederlandsch Familie Archief "Algemeen Nederlandsch familieblad. vol.3"(1886)p.136
5 Isaac Meulman,Johannes Karel Van der Wulp "Catalogus van de tractaten, pamfletten, enz. over de geschiedenis van Nederland. vol.3(1689-1713)"(1868)p.77
6 Dornseiffen et al.(1885)p.137
7 Nederlandse Vereniging voor Economische en Sociale Geografie "Tijdschrift voor economische en sociale geografie. vol.11"(1920)p.371
8 http://nl.wikipedia.org/wiki/Nistelrode
9 脚注2の文献p.800
10 脚注6の文献p.142
11 Koninklijk Nederlands Aardrijkskundig Genootschap "Tijdschrift."(1906)p.40
12 Adolphe van Loey, Moritz Schönfeld "Historische grammatica van het Nederlands."(1960)p.74
13 Moerman(1956)p.191
14 de Vries(1997)p.406
15 Köbler asW L項p.41
16 Nederlandsch Aardrijkskundig Genootschap, Amsterdam "Tijdschrift van het Nederlandsch Aardrijkskundig Genootschap."(1906)p.40
17 de Vries(1997)p.468
18 de Vries(1997)p.832 この語は単独の用例は知られていない。専ら複合語の第一要素に使われる。古英westra「西の」,古ザクセン westar「西の」と同語源。
19 この現象は苗字にも見られる。例えばオランダの廃姓†van Nishovenは地名Isenhovenに由来している。
20 Jürgen Udolph "Namenkundliche Studien Zum Germanenproblem."(1994)p.253-254

執筆記録:
2012年7月5日  初稿アップ
PIE語根Nistel-rooij:1.語源不明;2.*leuk-「光」

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