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Movsesyan モヴセシャン(アルメニア)(アルメニアՄովսեսյան)
概要
「モヴセス(Movses:古エジプト語で「子供」の意)の(一族・子孫)」を意味する父称姓。
詳細
父称姓。K-1の格闘家ゲガール・ムサシ(Gegard Mousasi)の本名ゲガルト・モヴセシャン(Geghard Movsesyan)の姓1。苗字サイトに未録。 私の考えは以下の通り。(古)アルメニアMovses(Մովսես)2という男子名に、イラン語の複数属格語尾に起源を持つ苗字形成 接尾辞-yanを接続して生じた姓で、逐語訳すると「モヴセス(Movses)の(一族・子孫)」を意味する。男名Movsesは、ギMōusês(Μωϋσῆς) 3からの借用で、旧約聖書の登場人物で十戒で有名なモーセの事。 モーセは紀元前13世紀ごろ活躍したとされる古代イスラエルのユダヤ人の民族指導者で、旧約聖書の出エジプト記などに登場する。ヘブライ語 表記はמשׁה4(ローマ字転写:Mōšéʰ)5で、ギリシア語のMōusêsはその音転写形。 彼の名の語源が、姉のミリアムの名と共に不明である事は良く知られている。不明ではあるものの、語源の解釈は幾つかなされている。 以下に挙げる。

●ヘブライ語で「引き上げる」を意味するする説6
『出エジプト記』2章1-10にモーセの誕生間もない頃の命名譚エピソードがある。それによれば、モーセが生まれたエジプトでは、当時ユダヤ人の 人口が増加しており、これに危惧したファラオはユダヤ人の男児を殺して問題を解決しようとした。モーセは生まれてからまもなくは、 匿われて育てられたが、隠し切れなくなりパピルスの籠に入れてナイル川に流された。偶然下流で水浴びをしていたファラオの王女が、 彼を水から拾い上げて救った。彼女は「私は彼を水から拾い上げた(משיתהו)から」と言って、ヘブライ語で「引き抜く(draw out)」を意味する 語根m-š-h(משה)から名を与えたと語られている。然し、エジプト語話者のファラオの王女が、迫害相手のユダヤ人の言葉である ヘブライ語を喋られる筈もなく、全く馬鹿げた話としか言い様が無い。

●エジプト語起源説
エジプト語と関係付ける説を初めて提唱したのは、ローマ帝国初期のユダヤ人の著述家フラウィウス・ヨセフス(Titus Flavius Josephus: 37年~100年頃)とされている7。彼が実際どの様な語と関係付けたのか良く判らないが、後世の学者もエジプト 語起源説を取っている。2つの説がある。
1:ジョーンズ著『旧約聖書固有名詞辞典(Dictionary of Old Testament Proper Names)』に見える説7, 8。 エジプトmo「水」とエジプトuses「助ける、救う(save, deliver)」の合成語とする。即ち、「水の中から救われた」意とする。この説は、ドイツの 東洋学者ゲセニウス(Heinrich Friedrich Wilhelm Gesenius)も唱えているらしい。エジプトmo「水」という単語は古エジプトmw「水」 9のことであろうか。エジプトuses「助ける、救う」に到っては、近い綴りの単語すら見つからない。何か根拠が 有るのだろうか。
2:古エジプトms「子供(Kind)」10(cf.コプト*mas「子供」)由来説11。この語彙は エジプトのファラオの名前の要素にも見える。トトメス(英Thutmose, ギThoúthmosis, 古エジプトḎḥwtj-mś)12や ラムセス(英Ramesses, 古エジプトRˁ-ms(w)-sw)13の名の第二要素に見える子音連続-ms-である。 前者は「トト神から生まれし(者)(英Born of the god Thoth,仏Né de Thot)」12、後者は「太陽神ラーから生まれし (者)(英Born of the god Ra)」13が原義とされている。

これらの説のうち、最後の古エジプトms「子供」由来説が現在有力視されている。所で、アルメニアの字母յは半母音の[j](硬口蓋接近音。 日本語のヤ行子音)を示すので、モヴセシアンとするより、モヴセシャンと表記するのが良い。姓のローマ字表記はMovsesyanでも、 Movsesianでもどちらでも良いが、前者は英語的ローマ字表記、後者はフランス語的ローマ字表記に起因しているのではないかと思う。 又、アルメニア東部方言では有声子音+無声子音の二重子音の場合、逆行同化により前の有声子音が対応する無声子音で発音されるらしいので、 モフセシャンの読みも可能。アルメニア人のチェス棋士セルゲーイ・モヴセシャンの姓でもあり、比較的アルメニアでは良く見られる 姓のようである。
1 http://en.wikipedia.org/wiki/Gegard_Mousasi、 http://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%9C%D1%83%D1%81%D0%B0%D1%81%D0%B8,_%D0%93%D0%B5%D0%B3%D0%B0%D1%80%D0%B4 等参照のこと。日本版Wikipediaの本姓表記Mousasianは芸名のムサシ(Mousasi)と混淆したものだろう(Mousasianと転写できるアルメニア姓は 存在しない)。又、彼はイランのテヘランで 誕生したとする情報の方が海外では広く流布しており、アルメニア生まれとする日本Wikipediaの説明は誤りではないかと思う。 またファーストネームのゲガルトもGegardではなくて、Geghard(英語式転写)、或いはGeġard(言語学上の転写方式)とローマ字転写するのが 正確。ġは有声口蓋垂摩擦音[ʁ]を表す字母で、印欧祖語の[l]に遡る場合がある。この名前はアルメニアgeġard(գեղարդ)「投槍、槍、斧槍 (dart, javelin, lance, halbert)」そのままで、更に古アルメニアgeł(e)ardn(գեղ(ե)արդն)「ibed.」(<語源不明)というn語幹名詞に遡る (http://en.wiktionary.org/wiki/%D5%A3%D5%A5%D5%B2%D5%A1%D6%80%D5%A4%D5%B6)。名前の謂れは、どうやらキリストが槍に突かれて 処刑された、その槍(ロンギヌスの槍)に因むもののようである。伝承によると、キリストの弟子の一人(使徒)タダイはバルトロマイと 共にアルメニアに渡り布教したと伝えられるが、この時聖遺物であるロンギヌスの槍を当地にもたらしたとされている。世界遺産に登録 されているアルメニアのゲガルド修道院(Monastery of Geghard)は、この伝承に基づいて名付けられたという(http://en.wikipedia.org/wiki/Geghard)。
2 http://en.wiktionary.org/wiki/%D5%84%D5%B8%D5%BE%D5%BD%D5%A7%D5%BD
3 http://en.wiktionary.org/wiki/%CE%9C%CF%89%CF%8B%CF%83%E1%BF%86%CF%82#Ancient_Greek
4 http://en.wiktionary.org/wiki/%D7%9E%D7%A9%D7%94#Hebrew
5 英語語源辞典p.926
6 http://en.wikipedia.org/wiki/Moses、http://www.abarim-publications.com/Meaning/Moses.html、 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB、ONC(2002)p.829
7 http://en.wikipedia.org/wiki/Moses
8 http://www.abarim-publications.com/Meaning/Moses.html
9 http://www.fitzmuseum.cam.ac.uk/er/beinlich/bsearch.php?term=&german=wasser&ref=&logic=and&sort=word&S=Submit
10 http://www.fitzmuseum.cam.ac.uk/er/beinlich/bsearch.php?term=ms&german=&ref=&logic=and&sort=word&S=Submit
11 Morlet(1997)p.700、Gottschald(1982)p.356、英語語源辞典p.926等多数
12 http://fr.wikipedia.org/wiki/Thoutm%C3%B4sis、http://en.wikipedia.org/wiki/Thutmose
13 http://en.wikipedia.org/wiki/Ramesses_(disambiguation)、http://fr.wikipedia.org/wiki/Rams%C3%A8s

執筆記録:
2011年9月2日  初稿アップ
PIE語根Movse-s-yan:1.エジプト語起源;2.*-s主格語尾;3.*-e/on- n語幹形成接尾辞

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