戻る/ はじめに/ 苗字苑本館/ ハリポタ語源辞典/ 銀英伝語源辞典/ 付録/ リンク集
苗字リストに戻る
Moholy モホリ(ハンガリー)
概要
「ヘルメス神+広場」を意味するギリシア人男名ヘルマゴラス(Hermagóras)の南スラヴ語における短縮形モホル(Mohor)に因む地名モホル(Mohol)に由来。
詳細
地名姓。この姓は意外にもギリシア語に由来している。ユダヤ系ハンガリー人の写真家、画家、タイポグラファーのモホリ=ナジ・ラースロー(Moholy-Nagy László:1895.7.20 Bácsborsód(バーチ・ キシュクン県)~1946.11.24 Chicago(米))の複姓の第一姓で知られる。本名はヴェイス・ラースロー(Weisz László)で、ハンガリー南東部の都市 セゲド(Szeged)のギムナジウム(日本の高校に相当)に通った。彼は、ドイツ語の本姓ヴェイスから母親の友人のハンガリー姓であるナジ(Nagy: <ハンガリーnagy「大きい」)に改姓し、更に後には彼が幼少時代を過ごしたモホル(Mohol:現セルビア共和国北部、北バナト(Banat)郡アダ(Ada) 市内の町モル(Mol))という町の名を形容詞化して添加してモホリ=ナジの複姓を創出した1。従って、彼の姓でしか 用例が見られない。モホルという地名の綴りの変遷は以下の通り。

Mohor(1230年)2, 3
Prenominatam vero possessionem Moharevy ipsi Dumbow similiter iure perpetuo ...(1323年)4
Super akach et Zenthmiclos et Moharewe.(1323年)5
Mohar Reue uocatam predicto magistro Emrico uendere non uellet, ...(1332年)2, 6
et Maharryve nominatis in Comitatu Bachiensi(1334年)7
Maholrev/Maharű(14世紀)8
Moharrywe/Mahol/Maholrév/Moharéve(1412-1521年)9
Mohal(1520/1521年)2
Mohol(1521/1690年)9
Moholy(1665/1720年)9

Moholという地名の語源は、現時点(2011年9月19日)で国内・海外問わず書籍にもネットにも何処にも見えないが、詳しく調べてみるとこれだ!と思える仮説に 辿り着いた。という訳で以下の論旨は、完全に私のオリジナルの説である。結論としては、直接的にはスラヴ語に起因しているが、更に遡ると ギリシア語に由来している。まず、初期の綴りに見える-ev-という語尾は何かというと、スラヴ語の所有形容詞形成語尾に他ならない (ゴルバチョフ(Gorbačëv)やイワノフ(Ivanov)なんかの語尾に同じ)。下に挙げるモホルとその近辺の古い地図を見てみると、納得できるだろう。

モホル(Moharréve)の南にあるPéterréveというハンガリー語地名は、現在はセルビア語名でBačko Petrovo Selo(Бачко Петрово Село) という。Bačko Petrovo Seloとは、セルビア語で「バーチ地方のペテル(Peter:人名(←ギpetros「石」))の村」を意味する。セルビア語の所有形容詞 語尾-ovoがハンガリー語で-éveの形で取り込まれているのである。又、上掲のモホル地名の古形の内1323年の記録"Super akach et Zenthmiclos et Moharewe."という文章等から、地名Moholの所有形容詞形自体がそのまま地名に用いられていた事実が判る。恐らく、地名はMoholの 所有形容詞形にスラヴselo「村」が後続しているのが本来の形で、現名はseloを省略した形に由来しているのだと思う。わざわざ「村」などと言わなくても 判るから省いてるのだろう。肝心のMohol、即ち古形のMohorは所有形容詞形を取っていることから、Mohorは人名である可能性が高い事が 判断される。

さて、モホル(Mohor)という語の正体は一体何だろうか。実は先の予想通り、そのままの語形でスロヴェニア語に男名として実在し、更に遡ると ギリシア語の男性名ヘルマゴラス(Hermagóras:ギἙρμαγόρας)10に由来している。アクセントの無い第一音節Her-が消失し、更に母音間の -g-が同化作用により弱化して-h-に転じ、余分な屈折語尾を端折ってMohorの形が得られる。この男子名を語源とする父称姓として、 地震学の専門用語モホロビチッチ不連続面(Mohorovičić discontinuity)の名祖にもなっている、クロアチアの地震学者アンドリヤ・モホロビチッチ (Andrija Mohorovičić:1857~1936)の姓がある。この様な父称姓が残っていることから、古くはMohorという男名がこの地域で一般的に用い られていた事が垣間見れる。スロヴェニアにMohorの名を持つ聖人11がおり、この人物にあやかって広まった名であろう。

Hermagórasの語源については色々言われている。herma「男(vir)」とchoria「地方、農場、村(provincia, villa)」の合成語で、「田舎男(Mann des Landes)」を意味するとする馬鹿げた説12も見られるが、第二要素はギagor「市場、広場」を男性形にしたもの。 似たような名前に数学のピタゴラスの定理で有名な古代ギリシアの数学者ピュタゴラス(Pythagóras:ギΠυθαγόρας)、古代ギリシアの 自然哲学者アナクサゴラス(Anaxagóras:ギἈναξαγόρας)、古代ギリシアの哲学者プロタゴラス(Protagóras:ギΠρωταγόρας)等があり、 この語彙を第二要素に持つ造名が定型としてあったことが判る。第一要素Herm-はギリシア神話の旅人、泥棒、商業、羊飼いの守護神ヘルメース (Hermês(ギἙρμῆς):語源不明)の語根である。

纏めてみよう。ハンガリー姓モホリ(Moholy)は、「ヘルメス神+広場」を意味するギリシア人男名ヘルマゴラス(Hermagóras)の南スラヴ語における 短縮形モホル(Mohor)に因む地名モホル(Mohol)に由来する。これが私の結論である。
◆ギagor「市場、広場」←PIE*əgor-ā-(o階梯+女性名詞形成接尾辞)←*ger-(=*H2ger-) 「集める」(ラgrex「群れ、群集、舞台」,中アイルランドgraig「馬の群れ」,古英crammian「ぎっしり詰込む」,ラトヴィアgùrste「亜麻の束」,古教会スラヴ gŭrstĭ「握り拳、一摑み」,サンスクリットgrā́ma-ḥ「群れ、群集、部隊、村、町」,アルバニアgrum(b)ull「塊、積み重ねた山」) 13
1 http://en.wikipedia.org/wiki/L%C3%A1szl%C3%B3_Moholy-Nagy 尚、語尾の-iはハンガリー(マジャール)語で固有名詞を形容詞化する 機能を持つ接尾辞である。例えば、ハンガリーAmerika「米国」にこの接尾辞が接続して形容詞のハンガリーamerikai「米国の」が得られる (http://en.wiktionary.org/wiki/-i#Hungarian)。この手の苗字はハンガリーには多く、例えばフランスの大統領サルコジ(Sarközy)の 姓の語尾-yも、これに由来する。
2 Karl Nehring "Comitatus Bachiensis et Bodrogiensis."(1974)p.52
3 György Györffy "Az Árpád-kori Magyarország történeti földrajza. vol.1"(1963)p.227
4 "Codex diplomaticus domus senioris comitum Zichy de Zich et Vásonkeő. vol.1"(1871)p.245
5 ibid. p.247
6 ibid. p.391
7 ibid. p.427
8 Ivan Antunović "Razprava o podunavskih i potisanskih Bunjevcih i Šokcih u pogledu narodnom, vjerskom, umnom, gradjanskom i gospodarskom."(1882)p.140
9 http://hu.wikipedia.org/wiki/Mohol、http://vajdasag.rs/Mohol
10 http://latinlexicon.org/definition.php?p1=2025384&p2=h&p3=2
11 イタリア共和国フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州ウーディネ県にある町アクイレイア(Aquileia)の 初代司教とされる人物で、使徒のペテロによって司教として聖別されたという。紀元後70年頃に没したとされるが(異説あり)、殆ど伝説上の人物で ある。英Wikipediaに詳しい記述がある(http://en.wikipedia.org/wiki/Hermagoras_of_Aquileia)。
12 Rudolf Egger "Der heilige Hermagoras: eine kritische untersuchung."(1948)p.73
13 英語語源辞典p.25、Watkins(2000)p.27、Pokorny(1959)p.382-383

執筆記録:
2011年11月13日  初稿アップ
語根Mo-hol-y:1.語根不詳;2.*ger-1「集める」;3.フィン=ウゴル語語根?

戻る

Copyright(C)2010~ Malpicos, All rights reserved.