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Mitterrand ミッテラン(仏)
概要
ゲルマン語で「尺度+ワタリガラス」を意味する古いフランス人の男名Miterannusに由来する。
詳細
Marguerite Miterant, fille de Guillaume Miterant(1572年Le Château-lez-Bourges:葡萄園経営者)1
Jean Mitterant(1587年Vasselay(シェール県ブールジュ郡):農民)2
Antoine Miterant Vesnel(1604年Vasselay)3
Pierre Mitterant(1643年Bourges:商人)4
Anne Miterrand(1695年Vignoux-sous-les-Aix(シェール県ブールジュ郡))5

父称姓。フランスのど真ん中にあるシェール(Cher)県に特有の姓。1891~1915年の調査では全国23件中16件が当県での記録。以下、同源の異綴の 姓の分布地も挙げる。上記調査では、Miteranは稀姓で2件パリに見られ、MiterrandとMitterandもシェール県が最多分布地である(前者は5件中5件、 後者は22件中12件が当県での記録)。非常に地域特徴の強い姓である事が判る。フランスの政治家フランソワ・ミッテラン(François Maurice Adrien Marie Mitterrand)の姓として知られる。彼はシェール県の出身ではなく、当県の南西約150㎞地点のシャラント県コニャック(Cognac)郡ジャルナック 小郡の小さな町ジャルナック(Jarnac)に1916年10月26日誕生している。上記の統計では、Mitterrand姓は3件シャラントで確認されている(第二位)。 彼の父ジョゼフ・ジルベール・フェリックス(Joseph Gilbert Félix M.)はパリ・オルレアン鉄道の技師として働いていた6 。彼は、リムーザン地方オート=ヴィエンヌ県の町リモージュ(Limoges)にて1873年9月26日に誕生し、1906年4月17日ジャルナックで同地出身の イヴォンヌ・ロラン(Yvonne Lorrain:1880-1936)という女性と結婚し7、息子フランソワが生まれた時はアングレーム (Angouleme)8で駅長を務めており、後に舅が経営する食酢工場の工場長として働いた9。 以下、家系サイトで父ジョゼフの先祖を辿ってみると、以下の通り7

父Joseph Gilbert Félix Mitterrand(1873-1946)ジャルナックで没

Gilbert Théodose Mitterrand(1844.1.11 Audes(アリエ県)~1920.1.17 Jarnac)×Pétronille Zelma Laroche(1848-1897)1869年結婚

Charles Mitterrand(1810.5.27 Bourges(シェール県)~1886.9.22同地)×Augustine Louise Desjean(1812-1897)1840年結婚

Martin Mitterrand(1773.2.27 Bourges~1852.11.12 Parnay(同県))×Marie-Anne Lesestre(1769-1847)1793年結婚

面倒なので、6世代省略

Sylvian Mitterrand(1586 Vignoux-sous-les-Aix(シェール県)~没年没地不詳)妻の記録は無いが、息子が2人いる。フランソワ・ミッテランの 家系は長子Thibaultの方の系統。

いずれにしても、先祖の幾人かの出生地として登場するシェール県の県都ブールジュ(Bourges)とその近辺に分布が集中し、発祥地もこの辺りで ある事が判る。この姓の語源として最も良く知られているのは、フランスの言語学者ドザ(Albert Dauzat:1877~1955、専門はフランス語で、 フランス語の語源辞典も著している)が提唱した、古仏mitier「穀物の計量単位(mesur de grain)」10に由来し、「穀物の計量係り(mesureur de grain)」を 意味する職業に由来する姓と見る説である。実際のこの計量単位の使用例を、ゴドフロワの古仏辞典から引用する。
"4 mitiers de froment. 2 mitiers d'avoyne. 7 mitiers de seigle."(1333年Richelieu(アンドル=エ=ロワール県))10
「小麦4mitier、燕麦2mitier、ライ麦7mitier」
ドザの説明で難点なのは、語尾の-andの起源についてである。南仏で動詞の現在分詞語尾-andを持つ姓が見られるが、この場合語源となっている 単語が名詞なので有り得ない。現代フランス語の動詞にmétrer「メートルで測定する」があるも、ギmetreîn「計る」からの借用で、最近現れた動詞 であるらしく(ゴドフロワに見えない)、ミッテラン姓とは無関係である。彼以降、モルレもこの説に 従うが、接尾辞の説明が困難な点から俄かには信じがたい説である。

実は、これ以外にもっと有望そうな説があるのである。先ず焦点を当てたいのが、ブールジュの北20㎞辺りに残るこの家族名にそっくりな地名である。その地名とは、 シェール県ブールジュ郡サン=マルタン=ドクシニー(Saint-Martin-d'Auxigny)小郡アロニー(Allogny)村にある小地名ミッテラン(Mitterand)である。 Googleの航空写真で確認すると、雲が掛かってて見難いが農家が数件在るだけの小さな集落である。但し、この地名に直接由来しているかと いうと、どうもそんな単純な話ではない様なのだ。取り敢えず、以下に地名の歴史上の変遷を列挙する。

Constantium de Miteram, casali de Miteram, ruellum de Miteram(1230年)2
rivum de Meaterrant(1239年)2
Myterrand(1497年)2
Mitteran(1515年)2
Mitterand(1523/1752-56年)2
Mitterands/Mitterandes(17世紀)2
Miterrand(1760年:Cassini地図)2
Mitterrand(1778-1780年)2
Miteran(18世紀)2
Mitterand(1960年:IGN地図)2

1230年の初出中に見えるcasaliはラcasa「家」の指小形で、恐らく「農家の家」の事を指しているのではないかと思う。ruellumは仏ru「小川」の指小形。 どうやら、現在の綴りの最後尾-dは非語源的に追加されたものではないかと判断がつく。シルツ(Olivier Schiltz)はこの地名を、シャラント県コンフォラン (Confolens)郡エグル(Aigre)小郡オラドゥール(Oradour)村内ジェルムヴィル(Germeville)で1097年に記録されている個人名Johannes Miterannus の姓と関係付けている2。Miterannusという名前自体はゲルマン語に由来しており、要素別にMite-と-rann(us)に分ける事が出来る。 後半要素の起源は、ゲルマン*χraѣ(a)naz「ワタリガラス」(古高独(h)raban)に由来しており、この語を第二要素に持つ個人名は西ゲルマン諸語では 一般的であった。例としては、今でもドイツ語の男子名として使われるベルトラム(Bertram)やヴォルフラム(Wolfram)、英語では姓として残っている イングラム(Ingram)等がある。この系統の名前は、古フランス語では-ran(n)us、-ramnus(擬ラテン語形)の形で現れることが多い。例えば、 独Bertramに対応する名前が、古いフランスでのラテン語記録ではBertramnusの様な形で現れる。この名前は、現在のフランス語の男子名 ベルトラン(Bertrand)に発達した。おやおや、ミッテラン姓と同じ語尾が現れているではないか。

語尾が-andにまで至った経緯としては次ぎの様に考えられる(あくまで、私の思い付きによる仮説である)。
*-(h)raban
↓←←←←←←語末シラブルの弱化により曖昧母音化
*-rabən
↓←←←←←←更に母音が消失
*-rabn
↓←←←←←←後続のnの影響によりbが鼻音化してmに転訛(同化)
-ramn
↓←←←←←←更に同化が進みnがmに吸収される
-ram
↓←←←←←←唇音性が失われる
-ran
↓←←←←←←恐らく類推により、綴りの上で-dが添加される
-rand
語末の黙字dの添加は、他の男名(例えばフェルナン(Fernand)とか)の影響による類推ではないかと私は思う。或いは、何か別の単語との連想も あったかもしれない。

問題は第一要素である。第一要素の起源となった語はゲルマン*mēþiz,*mǣþiz「度量法、尺度、割り当て、誉れ」11である。 後進の古高地ドイツ語や古ザクセン語では、人名要素でしか記録が無い古くに廃れた語彙であった。ゲルマン諸語での唯一の例外は英語で、古期英語に mǣþ,mēþ「度量法、適合、割り当て、誉れ、尊敬、法、器用さ、善意、条件、籤(クジ)、状態、地位」12という男性名詞の 存在が確認されている(然し、この語も現代語には残らなかった)。実はこの単語、ドザがミッテラン姓の語源として指摘する古仏mitier「穀物の計量単位」と、奇しくも 同じ語源であり、両語とも印欧祖語の語根*mē-「測る」に遡る。日本人の個人名要素「のり(規,則,法,典,範)」に意味的に一致している。所で、最初の 母音がゲルマン語ではē、ǣが想定されるのに、古フランス語の人名ではiが現れている理由はどの様に説明できるだろうか。ドイツの言語学者クラーエ (Hans Krahe)によれば、特にゲルマンǣの音価はīと同じであったと指摘している13。詳しい音変化の経緯は良く 判らないが、スペインでも似た現象が見られる(今回同時にアップした、ミロ(Miró)姓項も参照して頂きたい)。また、古高独gēr「投槍」と古高独hart 「強い、堅い」の合成名である古高独Gerhardの借用である仏ジェラール(Gérard)と、同源のフランス姓ジラール(Girard:フランス全土に見られる)で もe→iの変化が見られる。今一、要領の有る説明が出来ないけれど、この音変化はしばしば見られるものらしい。 という訳で、Miterannusという名前は「尺度+ワタリガラス」という意味の名である。第一要素を、ゲルマンmeda「贈り物(le cadeau)」とする説も有るが 14、その様な意味の単語は確認が取れない。 上掲の姓の古い用例を見てみると、前置詞deの付随が見られない点から、ミッテラン姓は地名由来ではない様に見える。上記のゲルマン人の個人名に由来する 父称姓で、その一族が所有していた農場がアロニー村のMitterandという地所の事なのではないだろうか。尚、この地名の語源を、丁度当地がフランス本土の ど真ん中に存在することから、仏milieu de terres「中つ国」に求める解釈があるが、誤りであろう15
[Morlet(1997)p.698,Tosti(1997~)m7項]
◆古英mǣþ,mēþ「度量法、適合」←ゲルマン*mēþiz,*mǣþiz(i語幹女性名詞)「度量法、尺度」←PIE*mē-ti-(+抽象名詞形成接尾辞)←*mē-「測る」 11
1 Hippolyte Boyer et al."Inventaire sommaire des archives départementales antérieures à 1790. vol.4"(1908)p.192
2 Olivier Schiltz(Société française d'onomastique) "Nouvelle revue d'onomastique."(1992)p.77-79
3 "Inventaire sommaire des Archives départementales antérieures à 1790. Somme."
4 "Mémoires de la Société des antiquaires du Centre. vol.23"(1900)p. 122
5 Hippolyte Boyer et al."Inventaire sommaire des archives départementales antérieures à 1790. vol.4"(1908)p.52
6 http://en.wikipedia.org/wiki/Fran%C3%A7ois_Mitterrand 父親の名前に関しては、家系サイトではGilbert Félix Joseph Mitterrandとする ものもある(脚注2のサイトを参照)。どれが正しいのか不明。
7 http://gw4.geneanet.org/plvivax?lang=es;pz=octave+adolphe;nz=ridremont;ocz=0;p=gilbert+felix+joseph;n=mitterrand
8 どうでもいい事だが、ちょっと豆知識。ノストラダムスの予言で有名な「アンゴルモワの大王」のアンゴルモワ(Angolmois)とは、このアングレームという 地名の形容詞形である。語尾の-oisは地名専用の形容詞形成接尾辞で、フランソワ(François)の語尾にも現れている。因みに英Japanese,Chineseの -ese接尾辞も同語源。イタリアのF1レーサーのパトレーゼ(Patrese)やサッカー選手のペサレシ(Pesaresi)の姓の語尾-ese、-esiも同語源である。
9 Otfried Dankelmann, Hartmut Peter "Lebensbilder europäischer Sozialdemokraten des 20. Jahrhunderts."(1995)p.343 尚、 この本では父ジョゼフの生年が1875年となっている。上記家系サイトの方が生年月日が詳細なので、ここではそちらを採用した。
10 Godefroy(1880-1902)vol.5 p.350
11 Köbler idgW M項p.16
12 Köbler aeW M項p.8、英語語源辞典p.665
13 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E7%A5%96%E8%AA%9E、 http://en.wikipedia.org/wiki/Proto-Germanic_language
14 http://www.foto-unknown.com/2010/11/mitterrand-les-origines.html
15 Lynn Picknett,Clive Prince "The Sion revelation: the truth about the guardians of Christs's sacred bloodline." (2006)p.426

執筆記録:
2011年10月3日  初稿アップ
PIE語根Mi-tte-rra-nd:1.*mē-2「測る」;2.*-ti- 抽象名詞形成接尾辞;3.*ker- 2鳥の鳴き声を表す擬声語;4.*-no-形容詞・名詞形成接尾辞

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