概要
「Miloš(人名:「愛ちゃん」の意)の息子」を意味する父称姓。
詳細
父称姓。原義は「Miloš(人名)の息子」。セルビア人の男子名にミロシュ(Miloš)というのがあり、その名に父称接辞-ović(直前の子音が軟子音の
場合-evićの形をとる)が付随して生じた、単純な構造の姓である。男名ミロシュはセルビアでは良く見られ、有名所ではセリエAのユヴェントスで
活躍しているセルビア出身のサッカー選手ミロシュ・クラシッチ(Miloš Krasić:1984.11.1~)の名にも見られる。男名ミロシュはスラヴ*milŭ
「愛しい」(露mílyj「可愛い、愛しい」)を第一要素に持つスラヴ人男子名、例えばミルボグ(Milbog)、ミロブラト(Milobrat)、ミロハト(Milochat)
、ミルゴスト(Milgost)、ミロラド(Milorad)、ミロスラフ(Miloslav)等の短縮名である。よって、Milošという男名は「愛ちゃん」みたいな意味
であると言える。語尾の-ošは指小辞。
『人名の世界史』(辻原康夫著、平凡社(2005))p.79では、ミロシェヴィッチ姓の原義を「ミロスラフ(世界の栄光)の息子」としているが、
誤りである。「世界の栄光」の意とするべきスラヴ人男子名はミロスラフ(Miroslav)で、前半要素が別語源の名前である。しかも、Miroslavは
「世界」の栄光の意ではなく、「平和+栄光」を原義とする名である1。同書の前のページでもミロスラフの名が見え、そこでは「栄光の平和」
となっており、理由は不明だが説明に一貫性が無いようである。
◆セルボ=クロアティアmio「愛しい」←スラヴ*milŭ「愛しい」(露mílyj「可愛い、愛しい」,ウクライナmílij「愛しい」,ベラルーシmíly「愛しい」,ブルガリア
,スロヴェニアmil,チェコmilý,ポーランド,高地ソルブmiły,低地ソルブmilny,古教会スラヴmilŭ,milyj「愛しい、哀れな」)←PIE*mī-lo-(+
形容詞・指小形形成接尾辞)←*mī-(ゼロ階梯)←*meiH1-(音位転換)←*meH1i-
(=*mēi-)「温和な」(ウェールズmul「謙虚な」,リトアニアmíelas「愛しい、親切な」,ラトヴィアmīl̨š,mils「愛しい」)2。
英mild「温和な」(←PIE*mel-「柔らかい」)とは語源上無関係。
1 mirの「平和」と「世界」の両義は、別々の語源を持つものではなく、後者は前者からの正教会の宗教上の用法における転義に起因している。
この事に関しては、別の機会に詳しく述べたい。
2 Černych(1993)vol.1 p.531-532、Watkins(2000)p.53、Pokorny(1959)p.711-712、Buck(1949)p.1111-1112
執筆記録:
2011年10月3日 初稿アップ
PIE語根Mi-l-oš-ev-ić:1.*mēi-「温和な」;2.*-lo-形容詞・指小形形成接尾辞;3.語根未調査;4.語根未調査;5.語根未調査
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