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Metternich メッテルニヒ(独)
概要
ドイツ西部に三ヶ所ある地名メッテルニヒ(Metternich)に由来。地名の由来は主に3つ考えられる。
①原義「Mātūr(i)us(人名:←ラmātūrus「成熟した、円熟した」)の地所」説。
②原義「*Mātrius(人名:←ラmāter「母」)の地所」説。
③原義「Mathere(人名:ゲルマン*mēþiz,*mǣþiz「度量法、尺度、誉れ」+古高独hari「軍団」)、或いは Matrih(人名:ゲルマン*mēþiz,*mǣþiz+ゲルマン*rīks「王」)の地所」説。最も有望。
詳細
Heribordus de Metrig(1229年Metternich(コブレンツ))1
Johannes de Metricha(1253年Marienstatt(ラインラント=プファルツ州ヴェスターヴァルト郡(Westerwaldkreis)))2

地名姓。ノルトライン=ヴェストファーレン州南部からラインラント=プファルツ州北部にかけて多く分布する。以下に挙げる、三ヶ所存在する 同源・同名の地名に由来する(地名の歴史上の変遷も列挙する)。恐らく姓の分布から判断すると、3地名いずれもが発祥となっている可能性が高い。

●ラインラント=プファルツ州北部コブレンツ(Koblenz)市コブレンツ=メッテルニヒ区の地名
Metrich(1140/1248年)3
Metterich(1149/1244/1257/1576年)3
Metricha(1177/1184年)4
in eadem videlicet villa Metrig(1229年)1
iuxta Mettirich sitis(1243年)5
ad curiam suam de Mettriche(1244年)6
infra parochiam de Metriche(1248年)7
Metricum(1253年)3
inter villam Gulse et villam Metrico(1257年)8
apud Metricum(1275年)9
Metternig(1623年)10
この地名は、ラテン語文献中に奪格形Metricheの形で古文書に頻出(脚注6の文献参照)。面倒なので、この形は最初期の記録だけ掲載した。

●ノルトライン=ヴェストファーレン州南部オイスキルヒェン(Euskirchen)郡ヴァイラースヴィスト(Weilerswist)町の地名
Meternich(1322年)3
独Wikipediaによれば1303年が初出らしいが、綴りが確認できない。

●ラインラント=プファルツ州北部マイエン=コブレンツ(Mayen-Koblenz)郡マイフェルト(Maifeld)行政共同体ミュンスターマイフェルト (Münstermaifeld)村内の地名
Metricum(1187年)3
Metriche(1220年)3

いずれもドイツでは西部(特にライン川流域)に頻出するゴール=ロマン系の典型的な-(i)acum地名である。このタイプの地名はローマ帝政後期に 所領主の農場を中心に発達した小集落の名前に用いられ、その領主の名前を基に命名された。 従って、Metter(n)-という部分は人名に由来している訳である。語源となった人名としては、地名の初出形が既に転訛・磨耗した形であると 考えられるので、正確を持する事は困難だが、私の考えでは以下の様な候補を挙げる事が出来る。

①ラテン語の男子名マートゥールス(Mātūrus)11、マートゥーリウス(Mātūrius)11に由来
ラmātūrus「成熟した、適した、円熟した、高齢の、速やかな、早すぎる」12(>英mature「熟した」)に由来し、「成人、 達人、熟達者」等の意味を持つ名前と考えられる。
②非文証のラテン語の男子名マートリウス(*Mātrius)に由来
これは、私がでっち上げた名前。ラmāter「母、女神、母国、源」からの派生形容詞を人名に転用したものと考える事が出来る。実際、ラmāterに 別の形容詞形成接尾辞が接続して生じたマーテリアーヌス(Māteriānus)13とマートリーニウス(Mātrīnius) 13という人名が存在した。原義は「おっかさんみたいな人」か。従って、英mother,独Mutter「母」や『銀河鉄道999』の メーテル(<ギmḗtēr「母」)と同語源ということになる。
③ゲルマン人の男子名マトヘレ(Mathere)、或いはマトリーヒ(Matrih)に由来
当記事を最初にアップした時は考えが及ばなかったが、よくよく考えてみるとゲルマン人、というかドイツ人の古い男子名に由来している しているという可能性を思いついた。実はゲルマン系の個人名を根幹とする-iacum地名は以外にもちょくちょく存在している 14(cf.ディズニー(Disney))。Metternich地名の 場合、古形から察すると古いドイツ人男名マトヘレ(Mathere)15とマトリーヒ(Matrih)15に 由来していると考える事が出来る。前者はマトヘル(Mather)15という異形でロルシュ古写本集の9世紀の記録にある。 いずれも、第一要素はゲルマン*mēþiz,*mǣþiz「度量法、尺度、割り当て、誉れ」16(古英mǣþ,mēþ「度量法、適合、誉れ、法、状態、 地位」17)に由来する。後半要素に関しては、前者は古高独hari,heri「軍団」、後者はゲルマン*rīks「王」 18(ケルト*rīg-「王」の借用。ゲルマン語内では人名要素としてのみ現れる)に由来している。ゲルマン語における ウムラウトと第一音節に強勢が固定するという音韻上の理由により、両男子名から上掲の地名古形は何の問題もなく導くことが出来る。 尚、この説が正しい場合、仏のミッテラン(Mitterrand)大統領の姓の前半要素Mitte-とメッテルニヒ(Metternich)のMett-は同語源ということになる (cf.ミッテラン(Mitterrand))。
④大陸ケルト語の男子名マトゥルス(Maturus)19に由来
仏ニエーヴル県のアントラン=シュル=ノアン(Entarins-sur-Nohain)の碑文に記録されている名前。語源は不明。ラテン語からの借用で、①と同源か もしれない。

この内、①説は音韻上の理由で(第二音節の母音ūが何の残滓も残さずに消え得るか?)、②説は語源に挙げた個人名が記録に無いことから、 恐らく③説が最も理にかなった案ではないかと私は思う。一先ず、「*Mātrius(人名:←ラmāter「母」)の地所」、「Mātūr(i)us(人名:← ラmātūrus「成熟した、円熟した」)の地所」、「Mathere(人名:ゲルマン*mēþiz,*mǣþiz「度量法、尺度、誉れ」+古高独hari「軍団」)、或いは Matrih(人名:ゲルマン*mēþiz,*mǣþiz+ゲルマン*rīks「王」)の地所」の3説を挙げておく。所で 上掲の通り、地名の古形には-n-が含まれていない(ノルトライン=ヴェストファーレンのMetternichを除く)。何故-n-が挿入されたか正確な 原因は判らないが、可能性として考えられるのは-nichを語尾に採る他の-(i)acum地名との類推が働いた結果ではないかと思う(マルピコス説)。 因みに、かの有名なオーストリア宰相のメッテルニヒはコブレンツの出身なので、彼の姓は上掲の3地名のうち最初のものに由来している のであろう。
[Gottschald(1982)p.350,Kohlheim(2000)p.455,Bahlow(2002)p.329,Naumann(2007)p.303,ONC(2002)p.428]
◆ラmātūrus「成熟した、円熟した」(仏mûr,伊maturo,西,葡maduro)←PIE*mā-tu-ro-(+抽象名詞形成語尾+名詞・形容詞形成接尾辞)←*mā-「良い、 タイムリーな」(古ラmānus「良い」,ラmānēs「亡霊、冥府、死」,古アイルランドmaith「良い」,ウェールズmad「良い」,プリュギアmḗn「亡霊」)20。 確実な対応がイタリック語派とケルト語派にしかなく、祖語に遡るか疑わしい。「亡霊」の意の語彙を、この対応に含めるのも無理が有るように思える。
1 Heinrich Beyer, Leopold Eltester, Adam Goerz "Urkundenbuch zur Geschichte der jetzt die Preussischen Regierungsbezirke COBLENZ und TRIER bildenden mittelrheinischen Territorien. vol.3(1212-1260)"(1874)p.291-292
2 Wilhelm Arnold Günther "Codex diplomaticus rheno-mosellanus: T. Urkunden des XIII. Jahrhunderts."(1823)p.263
3 Historischer Verein für den Niederrhein "Annalen des Historischen Vereins für den Niederrhein."(1870)p.193
4 Joachim J. Halbekann "Die älteren Grafen von Sayn: Personen-, Verfassungs- und Besitzgeschichte eines rheinischen Grafengeschlechts 1139-1246/47."(1997)p.444
5 Heinrich Beyer, Leopold Eltester, Adam Goerz "Urkundenbuch zur Geschichte der jetzt die Preussischen Regierungsbezirke COBLENZ und TRIER bildenden mittelrheinischen Territorien. vol.3(1212-1260)"(1874)p.588
6 Wilhelm Arnold Günther "Codex diplomaticus Rheno-Mosellanus: Urkunden von 1350 bis 1400."(1823)p.202
7 ibid. p.233
8 ibid. p.282
9 ibid. p.405
10 Verein für Nassauische Altertumskunde und Geschichtsforschung "Nassauische Annalen."(1970)p.118
11 Gaffiot(1934)p.955
12 研究社羅和辞典p.387
13 Gaffiot(1934)p.954
14 フランス北部の-iacum地名から、次の3例を挙げておこう。出典はいずれもNègre(1991)p.765-768であるが、 語源となった人名に関しては私の提案も追加した。
■Landrecies(ノール県):初出ad Landriciaco(870年)。<ゲルマン語男子名Landerich(ネグルによる。私も同意見)。
■Oudry(サオーヌ県):初出Uldriacus(11世紀)。<ゲルマン語男子名Huldear(Förstemann(1966)sp.756)。ネグルはUldierusとするが、 これは同じ男名のフランス語転訛形。
■Romery(アルデンヌ県):初出Rommery(1264年)。<ゲルマン語男子名Rotmar(us)(ネグル案)、Hrumheri(Förstemann(1966)sp.747) (私、マルピコスの案)。唯一、この地名だけ私とネグルの意見が合わなかったが(両者は全く別の語源の男名である)、どちらも有り得ると思う。
15 Förstemann(1966)sp.532
16 Köbler idgW M項p.16
17 Köbler aeW M項p.8、英語語源辞典p.665
18 Watkins(2000)p.70
19 http://www.arbre-celtique.com/encyclopedie/maturus-6553.htm
20 英語語源辞典p.873、Watkins(2000)p.50、Pokorny(1959)p.693

執筆記録:
2011年11月13日  初稿アップ
2011年11月17日  ③説を追加した。私が提案した3つの仮説の中では、これが一番音韻的にも文証の面でも違和感や疑問点が少ないと思う。
PIE語根①Me-tte-rn-i-ch:1.*mā-1「良い」;2.*-tu- 抽象名詞形成語尾;3.*-ro- 名詞・形容詞形成接尾辞 ;4.*-yo- 名詞・形容詞形成接尾辞;5.*-eH2-男性名詞形成語尾、或いは*-ko-形容詞・名詞形成語尾
②Mettern-i-ch:1.*māter-「母」;2.*-yo- 名詞・形容詞形成接尾辞;3.*-eH2-男性名詞形成語尾、或いは*-ko-形容詞・名詞形成語尾

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