Huckabee ハッカビー(英)
概要
①ノース・ヨークシャー州アッカビィ(Uckerby)の地名に由来。「*Útkári、或いは*Úkyrri(いずれも人名)の村」の意と されるが不詳。
②デヴォン州ハッカビィ(Huccaby)の地名に由来。「湾曲部、隈(クマ)」の意。
③リンカーンシャー州ハッカビィ(Huckerby)の地名に由来。「丸い丘の上の村」の意とされる。
詳細
Robert de Huccherbi(13世紀)1
Ralph de Huckerby(1252年Rievaulx Abbey(ノース・ヨークシャー))1
Ranulph de Huckerbi(1333年Rievaulx Abbey(ノース・ヨークシャー))1

①地名姓。稀姓。イングランド北部ノース・ヨークシャー州、リッチモンドシャー(Richmondshire)州自治区北部にある小村 アッカビィ(Uckerby)に由来する。地名の変遷は以下の通り。

Ukerby(1198年)2, 3
Huckerby(1250年頃)2, 3
Ukkerby(1285年)2

後半要素が古ノルドbýr「村、農場」4であることは自明だが、前半要素の起源に関しては明らかで なく、幾つかの説が提唱されている。まず、*Útkáriという文証されていない古ノルド語の人名に因むという説がある 2, 3。西スカンジナヴィアの古ノルド語方言では、Útsteinn5という 名前の様に、個人名に古ノルドút「~の外へ」6(英outと同語源)を前置して名前を作ることがあるらしい。 ウートカーリ(*Útkári)に関しては、カーリ(Kári)7という実在する男子名から、その造語方式で 名前が作られていることになる。男名Káriは古デンマークKari、古スウェーデンKareの形でも現れ、古ノルド≪西部方言≫ *kárr「曲がった(bowed, curved)」に由来し、本来は「巻き毛の」、或いは「頑固な、喧嘩好きな、気が進まない」といった意味を 表す渾名であったとされる7。ルーン文字の史料でも、主格形kariの形で7回現れているらしい。

又、スウェーデンの英語学者エクヴァル(Eilert Ekwall)はウーキュッリ(*Úkyrri)という、これまた古ノルド語の文証されていない名前に 因むという説を挙げている3。この名前は古ノルドúkyrra「混乱させる(in Unordnung bringen)」 8という動詞の動作主派生名詞で、「混乱させる者、トラブルメーカー」を意味する渾名と考えら れる。論理上は有り得る名前である。いずれの説も、未確認の男子名で説明する何とも頼りの無い説明であり、この地名の 語源遡及が難しい事が判る。
[Reaney(1995)p.242,http://www.ancestry.com/facts/Huckaby-family-history.ashx]
②地名姓。稀姓。姓の古い用例が確認できない。英姓ハッカビー(Huckaby)の異綴に由来するが、Huckaby姓自体も相当に珍しい姓である。イングランドでは、 Huckaby姓はウェスト・ミッドランド(West Midlands)に2件確認できる。どういう訳か米国には多い苗字で、Huckabyは カリフォルニア、テキサス、ジョージア、テネシー各州に多く、Huckabee姓はテキサス州に多い。米国でも、やはりHuckabee 姓(1102件)の方がHuckaby姓(1575件)よりも人数が少ない。米国では他にHuccaby、Huckabay、Huckabey、Huckabeの綴りの姓もある (英国には確認できない)。

イングランド南西部デヴォン州、ダートムーア・フォレスト(Dartmoor Forest)行政教区ヘクサリィ(Hexworthy)村にある 小地名ハッカビィ(Huccaby)に由来する。地名の歴史上の綴りの変遷は以下の通り。

Woghebye(1296年)9, 10
Woghby(1317年)9
Woghebi(1340年)9, 10
Hogheby(e)(1417年)9, 10
Hoockaby(1573年)9
Hookeby(1608年)9

古英wōh「曲がった、逆行した、悪い」11と古英byge「湾曲、角」12 よりなり9、「湾曲部、隈(クマ)」を意味する名と考えられている。この地の地図を見ると判るのだが、 ハッカビィ集落の直ぐ傍を流れるウェスト・ダート(West Dart)川の流れがU字湾曲している特徴的な場所を指して付けられた と見て間違いないだろう。このU字の内側にハッカビィ集落が在るのだ。
[http://www.ancestry.com/facts/Huckaby-family-history.ashx]
③地名姓。リンカーンシャー州のゲインズバラ(Gainsborough)近郊のウェスト・リンジィ(West Lindsey)州自治区内 ウィラウトン(Willoughton)村にハッカビィ(Huckerby)の地名があり、これに由来している可能性が『Surnames DB』という サイトで指摘されている。それによれば、第一要素は古英*hocer「こぶ、丸い丘」13, 14に 由来するといい、ノッティンガムシャー州のホッカートン(Hockerton)やノーフォーク州のホッカリング(Hockering)の 地名の第一要素にも現れている旨を指摘する。この語は、中高独hocker,hoger「こぶ、隆起、背中」15 と同語源と考えられる。第二要素-byは先述の古ノルドbýr「村、農場」で、全体で「丸い丘の上の村」の意となる。但し、 この地名は古い綴りが確認できず、もしかしたら①のUckerbyの地名の転用である可能性がある。
[http://www.surnamedb.com/Surname/Huccaby]
◆古ノルド≪西部方言≫*kárr「曲がった」←古ノルドkárr「巻き毛の」(最後の-rは屈折語尾)(形容詞に転用)←kárr「巻き毛」← ゲルマン*kauraz(a語幹男性名詞)「巻き毛」(ノルウェーkåre「鉋屑(カンナクズ)」)←PIE*gou-ro-s「波打つこと」(o階梯+形容詞・ 名詞形成接尾辞+主格語尾)←*gēu-「曲がる、アーチ型になる;塊、球体」(ギgúros「円」,中アイルランドgūaire「毛(原義「巻き毛」 )」,リトアニアgaũras(≪複数≫gauraĩ)「体毛」,ラトヴィア≪複数形≫gauri「陰毛」,セルボ=クロアティア gȕra「こぶ」, アヴェスタgaona-「毛」)16。ゲルマン*kauraz「巻き毛」の対応語はノルウェーkaure「縮れた巻き毛」 など、北ゲルマン語の対応しかない(別の母音階梯や接尾辞によって形成される対応語は、他のゲルマン諸語に豊富に見つかる )。
◆古ノルドúkyrra「混乱させる」←ú-,ó-否定接頭辞(←ゲルマン*un-(英,独,ゴートun-,オランダon-)← PIE*(ゼロ階梯)←*ne-「~でない」)+kyrra「仲良くなる、落ち着かせる、なだめる、 飼い馴らす」←ゲルマン*kwerrjan「落ち着かせる、なだめる」(*-janは動詞形成接尾辞(<PIE*-y(o)-no-m))←*kwerruz「静かな、 気持ちが安らかな、満足した」(古ノルドkyrr,kvirr「静かな、平和の」,ゴートqaírrus「穏やかな、友好的な」)←PIE*gwer-ru- (再建形はマルピコスによる。-ru-という接尾辞は良く判らない。形容詞接辞の*-ro-と関係あり?)←*gwer- 「重い」(ギbriarós「堅い、強い、猛烈な、重い」,ラgravis「重い」,中アイルランドbair「重い」,サンスクリットgurú-ḥ「重い」) 17
◆古英wōh「曲がった、逆行した、悪い」←ゲルマン*wanχaz,*wankaz「曲がった、逆行した、間違った」(ゴートun-wāhs「完璧な」),*wanχam,*wankam (a語幹中性名詞)「誤り、悪」(古ザクセンwāh「悪」,古高独wank,wanc「不審、疑念、曲がること」(>独Wank「不誠実」))← PIE*wonk-o-((マルピコスによる)o階梯+語幹形成母音)←*we-n-k-((マルピコスによる)鼻音接中辞挿入形)←*wek-「曲げる」 (ラconvexus「アーチ型の、窪んだ」,中アイルランドfeccaid≪3・単・現≫「かがむ」,サンスクリットváñcati≪3・単・現≫ 「曲がっていく、傾く」,アルメニアgangur「(髪が)巻き毛の、曲がった」)18。恐らく、PIE*weng- 「曲げる」(cf.ヴィンクラー(Win(c)kler)、フルトヴェングラー(Furtwängler))、*weik-「曲げる」(cogn.英weak「弱い」)の語根と 関係が有ると思う。尚、ゲルマン*wanχaz→古英wōhの音変化は規則的である。摩擦音の直前にある-n-は英語では消失し、 直前の母音が-a-の場合-o-に変え、更に後続の-n-が失われる事で代償延長により長母音化した。類例は英toothや英thinkの 過去(分詞)形thoughtにも見られる。
◆古英*hocer「こぶ、丸い丘」←?。語源不明。『Surnames DB』の指摘の通り、中高独hocker,hoger「こぶ、隆起、背中」と 関係が有ると思われる。古英*hocerを含むとされる先述の英国地名Hockering、Hockertonは既に『ドゥームズデイ・ブック』 (1086年)に記録が有り、文証される前に死語となったマイナーな言葉であったかも知れない。中高独hocker,hogerは、現在でも Höcker「こぶ、突起」としてドイツ語で現役の名詞である(但し、古高独における使用例は見つかっていない)。ドイツの言語学者 ドロスドフスキー(Günther Drosdowski)によれば、独Hocke「(干し草や刈り取った穀物の)山、穂積」、Hügel「丘」との関連を 指摘している19。それならば、独hoch,英high「高い」と同根ということになる。問題は語尾の -erの部分だが、これは英国ウェスト・ミッドランドにある地名クレイハンガー(Clayhanger)の語尾にも見える、英hanger 「急斜面にある小さな林」(<古英hangra)20の語尾-er,-raと同じものではないかと私は思う (前半要素は英hang「吊るす」と同語源)。この接尾辞の本来の機能や語源は良く判らないが、他に関係が有りそうな接尾辞が 見つからない。
1 Reaney(1995)p.242
2 EPNS vol.15(1928)p.278
3 Jensen(1968)p.329
4 英語語源辞典p.1598
5 http://en.wikipedia.org/wiki/D%C3%ADs
6 Köbler anW U項p.8
7 http://www.vikinganswerlady.com/ONMensNames.shtml
8 Köbler anW U項p.2
9 EPNS vol.8(1931)p.194
10 Bohman(1944)p.243
11 Köbler aeW W項p.66
12 Köbler aeW B項p.71
13 ONC(2002)p.1070
14 http://www.surnamedb.com/Surname/Huccaby
15 Lexer vol.1(1872)sp.1320
16 Köbler idgW G項p.34、Pokorny(1959)p.393-398
17 Köbler idgW Gw項p.8、Pokorny(1959)p.476-477
18 Köbler idgW W項p.102、Pokorny(1959)p.1134-1135
19 Drosdowski(1989)p.288
20 英語語源辞典p.618

執筆記録:
2011年5月29日  初稿アップ
PIE語根①Hu-cka-bee: 1.*ud-「~の上に、~の外で(up, out)」、 或いは*ne-「~でない」; 2.*gēu-「曲がる;塊、球」、 或いは*gʷerə-²「重い」; 3.*bheuə-「~である、存在する、育つ」
②Hucka-bee:1.*wek-「曲げる」; 2.*bheug-³「曲げる」
③Huck-a-bee: 1.*keu-²「曲げる;球体」;2.語根未確認; 3.*bheuə-「~である、存在する、育つ」

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