Feuerbach フォイエルバッハ(独)
概要
①古高独fiur,fuir「火」又は古高独furh「畝間、窪み、轍」+古高独bah「川」よりなり、「火川」又は「境川、久保川、溝川」を意味する地名より。
②古高独bibar「ビーバー」+古高独bah「川」よりなり、「ビーバーのいる川」の意の地名より。
③古ザクセン*furh「畝間、窪み、堀」+古ザクセン*beki,*biki「小川」よりなり、「境川」を意味する耕地名より。
詳細
Folmarus de Furbach(1170年Saarbrücken(?))1
Wal. plebanus in Vurbach(1272年Weil der Stadt(バーデン=ヴュルテンベルク州))2
Eberhardo dicto de Furbach(1287年Frankfurt a. M.(ヘッセン州))3

ヘッセン州に多い。ドイツの哲学者ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ(Ludwig Andreas Feuerbach:1804.37.28 Landshut(バイエルン州)~1872.9.13 Nürnberg(バイエルン州))の姓。彼の5代前の父系の先祖はヨーハン・ヘンリッヒ・フォイエルバッハ(Johann Henrich Feuerbach)といい、1652年に 現ヘッセン州ダルムシュタット行政管区ヴェッテラウ(Wetterau)郡のライヒェルスハイム(Reichelsheim)という小さな町で生まれた。キリスト教神学者、司祭、 視察官の職を務めた。その父はヨハネス(Johannes Feuerbach)といい、やはりライヒェルスハイムに住んだ4。従って、哲学者 フォイエルバッハの姓の起源は①と考えられる。

①地名姓。以下の地名に由来する。
●独中南部バイエルン州ウンターフランケン行政管区キッツィンゲン(Kitzingen)郡ヴィーゼントハイト(Wiesentheid)町の小地名フォイアーバッハ(Feuerbach)
Feuerbach(918年)5

●独中部ヘッセン州ダルムシュタット行政管区ヴェッテラウ(Wetterau)郡ニッダ(Nidda)市の小地名ファウアーバッハ(Fauerbach)
Fiurbah(1076年)6
Furbach(1347年)6

●独中部ヘッセン州ダルムシュタット行政管区ヴェッテラウ(Wetterau)郡フリートベルク(Freidberg)市の小地名ファウアーバッハ(Fauerbach)
Fuerbach(1035年)7
in Phurebach(1111年、1137年)7
in Fuirbach(1130年)7
de Wǒrebach(1131年)7
in Fivrbach(1191年)7

いずれも古高独fiur,fuir「火」8,中高独viur,vi(u)wer「火」9(>独Feuer)+古高独bah「川、小川」 10,中高独bach「川、小川」11より形成され、文字通り「火川」を意味する。地名の由来としては、 ゴットシャルトが提唱する消化水(Löschwasser)の供給源となった川であったことに因むという説と12、上掲Fauerbach地名の存在する ニッダ市の公式HPが指摘している鉄分を含んで火のように赤い水が流れているのに因んだという説がある6。尚、Fauerbachの-au-という 語形は、中部ドイツ語の方言特徴を反映した形で、非円唇音化によるものである。類例はNeumannとNaumannの関係にも見られる。

一方、以下の地名は第一要素が古高独fiur,fuir「火」ではなくて、古高独fur(u)h,furah,furih「畝間、切り開き、窪み、轍(ワダチ)、皺(シワ)、小さな畑」 8,中高独vur(i)ch,fur(i)ch,vurech,forche,fur,vor「畝間」13(>独Furche「畝間、轍、溝」=英furrow「畝間、 轍、皺、溝」)に由来している可能性も十分ある。即ち③と同語源で、「境川、久保川、溝川」が原義かもしれない。

●独南西部バーデン=ヴュルテンベルク州フライブルク行政管区レラッハ(Lörrach)郡カンダーン(Kandern)町の小地名フォイアーバッハ(Feuerbach)
Villa dicta Fúrbach(1295年)14
die Kilchun und den Kilchunsatz in dem dorf ze Fúrbach(1315年)14
Furbach(1317年)14
villa Fúrbach(1335年)14
Ecclesia Fúrbach(1360-1370年)14

●独中部ヘッセン州ダルムシュタット行政管区ヴェッテラウ(Wetterau)郡ブッツバッハ(Butzbach)村の小地名ファウアーバッハ・フォア・デア・ヘーエ (Fauerbach v. d. Höhe)
in Wiziller marca in uilla Felbach ... Donatio Radolachi in Falbach(790年)7, 15, 17
Furbach vor den hoin(1295年)7
in Furbach ante montana(1310年)7

一般的には上掲790年の語形が初出とされているが(独Wikipediaもその解釈をとっている)、この形は古高独feld「野原」+古高独bah「川」によって構成され、 原義は「原川」の意と思われる15。然し、初出形から次の記録までほぼ500年のブランクが有り、しかも語形が 変わりすぎている為、初出とされるFelbach/Falbachは別の地名である可能性が高い(実際そう判断している文献も見られる15)。 私も確実な初出は1295年と見るべきで、この地名も「火川」か「境川、久保川」が原義と思われる。

他にもFeuerbachという小さな川がドイツ南部に4つほどあり、これらが由来元になっている可能性もある。また、ツォーダーによればFeuerbachという地名が ラインラントにも有るそうだが、詳細な位置は確認が取れなかった。
[Gottschald(1982)p.183,Zoder vol.2(1968)p.480f.,Kohlheim(2000)p.238,Naumann(2007)p.299,Berger et Etter(1961)p.174]

②地名姓。独南西部バーデン=ヴュルテンベルク州シュトゥットガルト行政管区シュトゥットガルト市フォイアーバッハ(Feuerbach)区の名に由来。①とは全く別語源。 地名の歴史上の変遷を以下に列挙する。

in uilla Zasenhusen VII iurnales de terra aratoria super fluuio Biberbach(789年)17, 18
Biberbach(1075年、1148年)17, 18
Arnoldus de Biberbach(1152年頃)17
Arnold. de Biuerbach(1156年:人名)17, 18
Buwirbach(1160年頃)17
in Fûrbach(1229年)17
in Fůrbach(1229年:1463年写本)17
in Vurbach(1272年)17
in Fůrbac(1272年)17
Fiuwerbach(1277年)17, 18
Fuwerbach/Frbach /Vuerbach/Fůrbach(1280-1300年)17
furbach(1291年)18
fürbach(1326年)18
fúrbach(1334年)18
Fiurbach(14世紀)17
Fúrbach/Feürbach/Fewrbach/Feuerbach(15世紀)17
Fuirbach/Feurbach(16世紀)17

古形から古高独bibar,beber「ビーバー」10+古高独bah「小川、川」より構成され、「ビーバーのいる川」が原義である事が解る。一見して 分かる通り、高地ドイツ語としては異常な音変化を辿っている。バックマイスター(Adolf Bacmeister)の文献の脚注によると、次の様な音変化・再解釈によって 地名が変遷したようだ。まず、第一要素が中高独biever「熱」19と誤解された。bieverは正規の語形はfieber, vieber 20(ラfebris「熱」に由来し、英fever「熱」と同語源)で、やがてこの形と入れ替わった。更に、形義共に似ている中高独viur,vi(u)wer 「火」と誤解され差し替わり、現在の語形に発達した。

一方、『Oxford Names Companion』は、第一要素Feuer-は歴史以前の「湿地(marsh)」を意味する単語に由来するというドイツの固有名詞学者ハンス・バーロー (Hans Bahlow)の説を引用する。然し全く根拠が無く、そもそも歴史以前の言語の語彙の意味を特定する事など不可能な事であり、論外。 結局、バーローがいつも主張しているお気に入りの何でも湿地由来説で、いわゆるトンデモと言える。

また、以前私はYahoo知恵袋で、このシュトゥットガルトのFeuerbachの地名は、音韻的な理由から「ビーバーのいる川」とする説に対して論外だと書いた事があるが、 私の誤りであった21(当初、詳しい地名の変遷を把握しきれていなかった)。この場をお借りして訂正し、お詫び申し上げる。
[Gottschald(1982)p.183,Zoder vol.2(1968)p.480f.,Kohlheim(2000)p.238,Naumann(2007)p.299,ONC(2002)p.214,Berger et Etter(1961)p.174]

③地名姓。独中北部ニーダーザクセン州ゴスラー(Goslar)郡クラウスタール=ツェラーフェルト(Clausthal-Zellerfeld)のツェラーフェルトと、ゴスラー市内 ハーネンクレー(Hahnenklee)区内のボックスヴィーゼ(Bockswiese)との間に存在する耕地名フルバッハ(Furbach)に由来する可能性も指摘されている 22。地名の初出はFurbiki(10世紀)22。古ザクセン*furh「畝間、窪み、堀」 23,中低独vōr「畝間、窪み、堀、溝、境界、線」24+古ザクセン*beki,*biki「小川」 25,中低独beke「小川」26より構成され、「境川」を原義とする。この土地には、当初カトリック教会の マインツ教区(Bistum Mainz)とヒルデスハイム教区(Bistum Hildesheim)の境界と定められた川が流れており、その川の名に由来する地名である 22。上掲①に挙げた地名の一部は、こちらと同源の場合があると思われる。
[Zoder vol.2(1968)p.480f.]
◆古高独fiur,fuir「火」←ゲルマン*fuir(変形)←*fōr(-r/n-語幹中性名詞)「火」(古英fȳr,古フリジアfiūr, fiōr,古ザクセンfiur,古蘭fuïr,古ノルドfúrr,fýr,fýrir,≪詩語≫funi,ゴートfon(属格funins,与格funin) (>葡fona「火花」))←PIE*ph₂wṓr「火」←*péh₂wōr「火」(ギpûr,ウンブリアpir(対格purome),チェコpýř「真っ赤に燃える灰」,古プロシアpanno,アルメニアhur,トカラB puwar,pwār,ヒッタイトpaḫḫur(与格paḫḫuni)(特記無きもの以外は、全て「火」の意))27。 元々は語末が-r/n-で屈折する異語幹曲用(heteroclitica)の中性名詞。 英語語源辞典ではサンスクリットpāvaká-「浄化、火、火神」も同根としているが、むしろ英pure「純粋な」と同根でPIE*peuə-「掃除する、きれいにする」に 遡ると思われる28(恐らく語根の音位転換形に形容詞接尾辞が接続したPIE*peh₂w-oko-に由来すると思う)。

音韻上、ゲルマン語派内と印欧諸語派の対応の母音の説明が巧く整合できないところが有り、印欧祖語の語根だけでなくゲルマン祖語形も様々な形が提唱されている。 そんな中で、米国南イリノイ大学の言語学者(ゲルマン語専門)シムズ(Douglas P.A. Simms)准教授が、このゲルマン語派内の不可解な形の謎を巧く説明している。 以下に詳述する。

まず、ゲルマン祖語形はPIE*ph₂wṓr「火」から発達したものとする。ゲルマン祖語*fōr「火」の最初期の格変化は以下の通りで(画像はWiktionary英語版から拝借した)、 印欧祖語の-r/n-語幹の異語幹曲用を引き継いでいた。印欧祖語の主格(Nominative)、呼格(Vocative)、対格(Accusative)は合わせて強格(strong case)と呼ばれ、それ以外の格は弱格(weak cases)というが、 印欧祖語の-r/n-語幹名詞は強格で-r-接尾辞をとり、弱格で-n-接尾辞をとるという不思議な格変化をとった(その起源については良く解っていない)。 弱格形の母音-u-は私には良く解らない。ちゃんと調べないと解らないので、この問題については保留。

次に、弱格の-nがより一般的なn語幹名詞の格変化語尾と誤解され、語幹は*fu-と解釈された(異分析)。そこで、新解釈の語幹*fu-にn語幹の接尾辞-inが 接続して新たな弱格語幹*fuïn-が形成された。

更に、二番目の格体系と並行して別の格体系も発生した。こちらは、元々の弱格形語幹*fun-に更にn語幹形成接尾辞が付加された*funin-が弱格形に採用された。

後に、この二番目と三番目の格体系が混淆した。英語やドイツ語などの西ゲルマン諸語と古ノルドの北ゲルマン諸語では、パターン2の弱格形の母音と 強格形の語末子音を採用した*fuir(-)に淘汰・集約した。ゴート語では淘汰が途中の段階で、基本的にはPIEの-n-の弱格形に淘汰された(ノルド語の一部も)。 即ち、基本的に3のパターンを引き継ぎ、強格形の語末子音-rが弱格形の影響を受けて-n-に交替した。 この説は西ゲルマン諸語の語根の二重母音をうまく説明できる。但し元となるPIE*ph₂wṓrの語形自体が既に変形をこうむっていると思われるし、PIE語根も 確定的とは言えないと思うので、断定できない。

この異語幹曲用の語尾は「火」と対極の「水」(英water,独Wasser)の語尾にも見られる。印欧語にはもう一つ*egni-という「火」を意味する語が有り、 インド神話の火神アグニ(Agni)やラignis「火」,露ogón’「火」,リトアニアùgnis「火」(語頭のuは不規則で、解決の為に様々な説が出ている29)等の対応がある。同じ意味の単語が併存している理由として、*péh₂wōrは 物質としての「火」(印欧諸語の対応で、大抵中性名詞として現れる)、*egni-は「生あるもの」としてとらえた場合の「火」(印欧諸語の対応で、大抵男性名詞として 現れる)を意味していたからと考えられている。同様の例は「水」の場合にも当て嵌まり、先述の英waterは物質としての「水」を表す語の後裔。

◆古高独furh「畝間、窪み、轍」,古ザクセン*furh「畝間、窪み、堀」←ゲルマン*furχō(ō語幹女性名詞)「畝間」(古英furh「畝間」,古フリジアfurch「畝間」,古ノルドfor 「掘り、排水路」)←PIE*pr̥k-(ゼロ階梯)←*perk-「掘る、裂く」(ラporca「畝」,ウェールズrhych「畝間」,リトアニアprapar̃šas「堀」,サンスクリットpárśānas「裂け目」 ,アルメニアherk「休閑地」)30
1 Ludwig Molitor "Urkundenbuch zur Geschichte der ehemals Pfalzbayerischen Residenzstadt."(1888)p.1
2 http://www.wubonline.de/wubpdf.php?fs=true&id=3106
3 Johann-Friedrich Böhmer "Codex diplomaticus Moenofrancofurtanus. Urkundenbuch der Reichsstadt Frankfurt."(1836)p.231
4 http://www.lagis-hessen.de/de/subjects/idrec/sn/bio/id/4813
5 Georg Thomas Rudhart "Aelteste Geschichte Bayerns und der in neuester Zeit zum Königreiche Bayern gehörigen Provinzen."(1841)p.551
6 http://www.nidda.de/sv_nidda/Stadtteile/Fauerbach/
7 LAGIS Hessen
8 http://www.koeblergerhard.de/germanistischewoerterbuecher/althochdeutscheswoerterbuch/ahdF.pdf
9 Lexer vol.3(1878)p.377
10 http://www.koeblergerhard.de/germanistischewoerterbuecher/althochdeutscheswoerterbuch/ahdB.pdf
11 Lexer vol.1(1872)sp.108
12 Gottschald(1982)p.183
13 Lexer vol.3(1878)p.592
14 http://de.wikipedia.org/wiki/Feuerbach_(Kandern)
15 Klaus Andriessen "Siedlungsnamen in Hessen."(1990)p.179
16 Karl Glöckner "Codex Laureshamensis: Kopialbuch."(1975)p.239
17 Lutz Reichardt "Ortsnamenbuch des Stadtkreises Stuttgart und des Landkreises Ludwigsburg."(1982)p.43f.
18 Adolf Bacmeister "Alemannische Wanderungen: Ortsnamen der keltisch-römischen Zeit. vol.1"(1867)p.106
19 Lexer vol.1(1872)sp.270
20 Lexer vol.3(1878)p.336
21 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1197007701
22 Zoder vol.1(1968)p.480f.
23 http://www.koeblergerhard.de/as/as_f.html
24 Lübben(1888)p.489
25 http://www.koeblergerhard.de/germanistischewoerterbuecher/altsaechsischeswoerterbuch/asB.pdf
26 Lübben(1888)p.36
27 英語語源辞典p.504、Pokorny(1959)p.828、Watkins(2000)p.61、Buck(1949)p.71、 http://en.wiktionary.org/wiki/Appendix:Proto-Indo-European/p%C3%A9h%E2%82%82ur#Proto-Indo-European
28 http://bradshawofthefuture.blogspot.jp/2010_06_01_archive.html
29 詳細はJacques Duchesne-Guillemin "Acta Iranica"(1978)p.30脚注108参照。
30 英語語源辞典p.547、Pokorny(1959)p.821、Watkins(2000)p.66、Buck(1949)p.497

執筆記録:
2013年12月19日  初稿アップ
2014年1月22日   タイプミス修正
PIE語根①Feuer-bach: 1.*péh₂wōr「火」 、又は*perk-2「掘る、裂く」 ;2.*bhegw-「逃げる」
②Feuer-bach: 1.*bher-3「明るい、茶色の」 ;2.*bhegw-「逃げる」
③Feuer-bach: 1.*perk-2「掘る、裂く」 ;2.*bhegw-「逃げる」

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