概要
伊fermo「びくともしない、確固たる、辛抱強い」に由来する個人名より。又、「びくともしない(石、木)、要塞」等の意とされる地名より。
詳細
Jordanus de Firmo(1188年Pisa(トスカーナ州))1
Nicolay de Firmo, notarii, ... Nicolaum de Firmo ... Nicolao de Firmo(1316年Venezia(ヴェーネト州))
2=Nicolai de Firmo(1323年Venezia)3
Iohannem de Firmo(1362年Venezia)4
父称姓、ニックネーム姓、地名姓。イタリアの物理学者エンリコ・フェルミ(Enrico Fermi:1901.9.29 Roma~1954.11.28 Chicago(米))の姓。
マルケ州、エミーリア=ロマーニャ州に多い。伊fermo「びくともしない、動かない、確固たる、辛抱強い」(←ラfirmus「びくともしない、安定した」)が
語源だが、その由来・発祥には以下の様なケースが存在する。
まず、父称姓としては古いイタリア人男子名フェルモ(Fermo)に由来する。これは、「貴方がいつも揺るぎない(fermo)人でありますように!」という願いを
籠めて名付けられた祝賀個人名であった。或いは、キリスト教徒の名として「信仰心に揺るぎが無い」という意味で付けられた名前の場合もあった。
この名を持つ聖フェルモ(San Fermo)という人物がおり、聖ルスティコ(San Rustico)と共にヴェローナの殉教聖人である。又、派生形のフィル
マーノ(Firmano)の名を持つ聖人もいた。聖フェルマーノ(San Fermano:1020年頃没)はフェルモ(Fermo)近郊のマルカ・ダンコーナ(Marca d'Ancona
)にある聖Sabino Piceno修道院の修道院長を務めた。これらの名の聖人が3~11世紀に複数人存在し、彼らにあやかって男名として用いられた。
また、同語源の伊≪シチリア方言≫fírmuに「頑固な、決断力のある(ostinato, risoluto)」5の意味もあるので、
シチリアに限らず、こういった意味合いで名付けられた渾名に由来する場合もあり得る。
地名姓としては、アスコリ・ピチェーノ(Ascoli Piceno)の地名フェルモ(Fermo)に由来する。ラテン語ではFirmumといった。地名の語源は恐らく、
定められた境界の目印であったラlignum「木」やラsaxum「石」を修飾していたラfirmum「びくともしない」という形容詞だけが、地名として
残ったと考えられている6(単純に「確定された境界」の意味で形容詞単体で名付けられた地名とする意見もある
7)。又、「堅い土地、堅牢で安全な場所、要塞化された場所」の意味での命名との説もある8。
又、フェルモが古典ラテン語時代から記録が有ることから、当地の先住民である南ピケニ人(後、ローマ人に同化)の言語に由来する地名と見る
意見もある7。南ピケニ人の言語はラテン語と同じ印欧語のイタリック語派に属すが、更に細かく見るとこの語派を
二分したオスク=ウンブリア諸語に含まれる。ラテン語はもう片方のラテン=ファリスク諸語に属す。一方、その北隣に住んでいた北ピケニ人の
言語は非印欧語であり、テキストも断片的なものが僅かに残るのみで、その正体は杳として知られない。
この姓はイタリアのユダヤ人の間でもよく見られるもので(但し、物理学者エンリコ・フェルミはユダヤ人ではない)、その起源としてはフェルモ出身者が
名乗るケースがあり、又恐らくユダヤ教徒としての揺ぎ無い信仰心を現わす為に、伊fermo「確固たる」を連想させるこの地名を用いた
可能性もある。プッリャ州バーリ県のトラーニ(Trani)では、ユダヤ人の居住地が存在した為、Fermi姓の分布が多い6。
余談だが、この姓は印欧祖語に遡ると日本語の「達磨(だるま)」と同根。
[Francipane(2005)p.436,Minervini(2005)p.200f.,Rapelli(2007)p.335]
◆伊fermo「びくともしない、動かない、確固たる、辛抱強い」←俗ラfirmis←ラfirmus「強固な、強い、びくともしない、安定した、断固とした、
信頼できる」(仏ferme「しっかりした、確固たる」,オックferm,カタルーニャferm「しっかりした、安定した、意見をしっかり持っている、堅い」,
西,葡firme,「しっかりした、確固たる」,シチリアfírmu「しっかりした、強い、不変の、頑固な、決断力のある」,ルーマニアferm「しっかりした、
決心の堅い、たくましい」)←PIE*dher-mo-s「持っている」(サンスクリットdhárma(n)-「法律、法令(原義「しっかりと成立されたもの」)」
(→日本語「達磨(ダルマ)」))(+形容詞形成接尾辞+主格語尾)←*dher-「しっかり持つ、支持する」(ギthrânos「ベンチ、足乗せ台」,ウェールズdryd「経済的な」,露deržátʹ
「持っている、支える、置いておく」,リトアニアderė́ti「ぴったり合う、調和する」,古ペルシアdāráyati≪3単現≫「しっかり持つ、支持する」
(>英Dariusダレイオス(アケメネス朝の王名)),アルメニアdadar「居住、住宅」,ヒッタイトtar-ah̯-zi「~出来る、可能である」)
9。ラテン語のアクセントのある閉音節内の短母音iが伊eに転じるのは正則。
1 Flaminio Dal Borgo "Raccolta di scelti diplomi Pisani."(1765)p.136
2 Sally McKee "Wills from Late Medieval Venetian Crete (1312-1420)5. vol.2"(1998)p.505f.
3 ibid. p.492
4 ibid. p.767, p.777
5 Rosario Rocca,Francesco Pasqualino "Dizionario Siciliano-Italiano."(1839)p.133
6 Minervini(2005)p.200f.
7 "Nomi d'Italia. Origine e significato dei nomi geografici e di tutti i comuni."(2010)p.266
8 Francipane(2005)p.436
9 英語語源辞典p.505、Pokorny(1959)p.252-255、Watkins(2000)p.18、
http://en.wiktionary.org/wiki/Appendix:Proto-Indo-European/d%CA%B0er-
更新記録:
2014年12月22日 初稿アップ
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