Dieskau ディースカウ(独)
概要
「Dyšk(人名:←高地ソルブdych「息」)の土地」を意味するドイツ東部の同名の地名に由来する。
詳細
Otto de Discowe(1225年Celle(ザクセン=アンハルト州):軍人)1, 2
ghiſelere von dyzkowe(1318年Merseburg(ザクセン=アンハルト州))3
Ottelonis de DyskoOttelini de DyskoOtteloni de Dysko(1371年)4
Thile Berl de Dysko(1371年Giebichenstein(ザクセン=アンハルト州ハレ))5
Sander Dyskow(1371年Giebichenstein)6
Nycolo de Dyskowen(1371年)4
Tyle et Hans fratres et Nicolaus de Diszkow(1398年Beesen(ザクセン=アンハルト州ハレ(Halle)))7
Claws von Diskow(1400年Giebichenstein(ザクセン=アンハルト州ハレ))8
Curden vnnd Eberharden gebrudern genant die Diszkaw(1467年Giebichenstein)9

地名姓。ドイツのバリトン歌手ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau:1925.5.28 Berlin~2012.5.18 Berg (Starnberger See)(バイエルン州))の複姓の片割れ。この姓はドイツ北西部のニーダーザクセン州東部のツェレ(Celle)郡に多い姓で、次いで ザクセン=アンハルト州南西部のハルツ郡に多い。彼は、父方からフォン・ディースカウ(von Dieskau)という姓の貴族家系の血を継いでいる。 上掲の古い姓の使用記録のうち1225年のオットー(Otto)という人物が、彼の遡り得る最古のフォン・ディースカウ姓の人物である 2。オットーは、モーリッツブルク(Moritzburg)、ギービッヒェンシュタイン(Giebichenstein)、クナウトハイン (Knauthain)、アルスレーベン(Alsleben)、トロータ(Trotha)といったザクセン地方に散在する多くの土地を支配する領主であった。

姓自体は、ザクセン=アンハルト州南部のザーレ郡(Saalekreis)カーベルスケタール(Kabelsketal)村内の地名ディースカウ(Dieskau)に由来する。 カーベルスケタール村自体は、ディースカウとデルバウ(Dölbau)、グレーバース(Gröbers)、グロースクーゲル(Großkugel)の4村が2004年に合併して 新しく誕生した自治体である10。以下に地名Dieskauの歴史上の綴りの変遷を列挙する。

Thizge(1121年)11, 12, 13
Discowe(1230年)11, 12, 13
Dizcowe(1263年)11, 12
Ottone de Dizckow(1327年:人名)14
Otte von Dizscowe(1330年:人名)15
Des sůndages Letare graf he in dat goddeshus tu Dyzkow(1335年)11, 12, 13, 16
Dischow(1363年)11, 12
Item in Dyskow iii houe verlegens gudes. ... in campo Discow j mansum, ...(1371年)17
Item j mansum in Poppendorp et decimam de v mansis in Diskowe(1381年)18
Ditzkowe(1396年)11, 12
Dießkaw(1477年)11, 12
Otto de Disskowe(1572年:人名)19
Rudolphen von Dißkaw(1633年:人名)20

地名は古ソルブ語の男子名ドゥイシュク(Dyšk)に所有形容詞形成接尾辞-ov-が接続して形成されており13, 19、原義は 「Dyškの土地」である。-y-の綴りで表記される第一音節のソルブ語の母音[ɨ](非円唇中舌狭母音)は、ドイツ語には存在しない音素の為近似音のiで 代用転写される20。š([ʃ]:無声後部歯茎摩擦音)は12世紀の低地ドイツ語にはまだ存在しなかった音素であり、これも [s]で代用転写される。Dyškという人名は高地ソルブdych「息、息吹」21を第一要素に持つ男名の短縮名である。-škは 二重指小辞。若しくはduchに指小辞-ekが接続し、前舌母音の-e-が接触した事により-ch-が硬口蓋化してšとなったもののいずれかによって生じたと 思われる22(第二音節の母音-e-は後に脱落)。同語源のチェコduch「霊、魂」を第一要素に持つチェコ人の男名Duchoslav 23、Duchomirがあり、参考になる。つまり、Dieskauとは「息吹ちゃんの(土地)」といった意味の地名という事になる。

尚、日本Wikipediaによれば、歌手ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの母親の旧姓がディースカウとしているが24 、他の言語版では違う説明がなされている。以下は英Wikipediaによると・・・25
"歌手ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの父はアルバート・フィッシャー=ディースカウ(Albert Fischer-Dieskau)といい学校長であった。妻テーオドーラ (Theodora(また略してDoraとも):1884—1966)は教師で、旧姓をクリンゲルホッファー(Klingelhoffer)といった。アルバートのFischer-Dieskauという複姓の Dieskauは自身の母親の旧姓である。母親(ディートリヒの父方の祖母)は大音楽家のヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲の『わしらの新しいご領主に』 (Mer hahn en neue Oberkeet)というカンタータを献呈された貴族カール・ハインリヒ・フォン・ディースカウ(Carl Heinrich von Dieskau)の末裔で あった。アルバートは1934年からDieskauの姓を付け加えて複姓とした。"
所が、ドイツ語版ではアルバート・フィッシャーはディートリヒの祖父としている26
◆高地ソルブdych「息」←スラヴ*duchŭ(o語幹男性名詞)「魂、霊」(露duch「精神、心、魂、勇気、本質、精霊、息、匂い」(古露duchŭ),ウクライナ, ベラルーシ,ブルガリアduch,セルボ=クロアティアdȕh「霊、魂」,スロヴェニアduh「霊」,チェコ,スロヴァキアduch「霊、魂」,古教会スラヴdouchŭ)← *daus-ŭ←PIE*dhou-s-o-s(リトアニアdaũsos「空気」)(o階梯)←*dheus-(英deer「鹿」,ゴートdius「動物」,リトアニアdvasià「精神」,アルバニアdash「雄羊」) 27。語根*dheus-の語末-sを名詞形成接尾辞と見て、更に *dheu(ə)-「(蒸気・埃・煙が)立ち込める」(ギtheîon「硫黄」,ラfūmum「煙」,アイルランドdonn「焦げ茶色の」,英deaf「耳の聞えない」,リトアニアdvasià 「精神」,サンスクリットdhūmá-ḥ「煙、蒸気」,トカラA twe「煙」)に遡らせる説が従来から有る28。PIE*-ou-→スラヴ*-au-→*-u-は正則。PIE*s→スラヴ *chは直前の母音uによってルキの法則(ruki rule)が適用されたもの。
1 Albert Fraustadt,Bernhard von Schönberg "Geschichte des geschlechtes von Schönberg meissnischen stammes. vol.2"(1878)p.154
2 ドイツWikipediaでは、人名の綴りをOtto de Disgaveとする (http://de.wikipedia.org/wiki/Dieskau_(Adelsgeschlecht))。
3 Adolph Friedrich Riedel "Codex diplomaticus Brandenburgensis: Sammlung der Urkunden, Chroniken und sonstigen Geschichtsquellen für die Geschichte der Mark Brandenburg und ihrer Regenten. vol.3 part.3"(1861)p.22
4 Historischen Commission der Provinz Sachsen "Geschichtsquellen der Provinz Sachsen und angrenzender Gebiete. vol.16 Die ältesten Lehnbücher der Magdeburgischen Erzbischöfe."(1883)p.108
5 ibid. p.103
6 ibid. p.104
7 ibid. p.270
8 ibid. p.289
9 ibid. p.368
10 新自治体名カーベルスケタールは、地域内を流れるカーベルスケ(Kabelske)という川の名に因む。-talは「谷」の意。
11 Eichler(1985)p.81
12 Richter(1962)p.23
13 Sass(1984)p.11
15 Paul Fridolin Kehr (Historische Kommission der Provinz Sachsen) "Urkundenbuch des Hochstifts Merseburg. vol.1"(1899)p.659
16 ibid. p.691
16 Otto Heinemann "Codex diplomaticvs anhaltinvs. vol.5(1380-1400)"(1881)p.384
17 脚注4の文献p.129
18 ibid. p.190
19 脚注12の文献p.100
20 ibid. p.108
21 Schmaler(1843)p.7、http://www.boehmak.de/
22 スラヴ語では本来*ch[x]に前舌母音が後続した場合、硬口蓋化を受けて[s]又は[š]に転じた。例えば、スラヴ*duchŭ「魂」の複数主格形 は*dusi、単数処格形*dusěであったと想定されている(http://en.wikipedia.org/wiki/Proto-Slavic)。南スラヴ諸語ではこの古い発音上の特徴が 保存されており、セルボ=クロアティアdȕh「霊」の複数主格形はdȕsiである(東部、西部のスラヴ諸語はchの形でパラダイムの均一化が図られた)。 露duch「霊」と同根の露dušá「心、霊」も、スラヴ*duchŭとは別の語幹形成接尾辞に基づくスラヴ*duchja(ja語幹女性名詞)からの発達で、やはり 前舌音素[j]によってchが硬口蓋化しšに転じている。これらの事から、ソルブ人の男名Dyškのšは、前舌母音eによって変音したchの古い名残である 可能性も考えられる。
23 Jachnow(1970)p.102
24 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%95%E3 %82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%EF%BC%9D%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A6
25 http://en.wikipedia.org/wiki/Dietrich_Fischer-Dieskau
26 http://de.wikipedia.org/wiki/Dietrich_Fischer-Dieskau
27 http://en.wiktionary.org/wiki/deer
28 英語語源辞典p.331、p.391、Watkins(2000)p.19、Pokorny(1959)p.261-267、Buck(1949)p.1088、Vasmer vol.1 (1986-1987)p.556、Černych(1993)vol.1 p.275-276、原(2008)p.57

執筆記録:
2012年5月24日  初稿アップ
PIE語根Dies-k-au: 1.*dheus-「息」; 2.*-ko- 形容詞・名詞形成接尾辞; 3.*-wo- 形容詞形成接尾辞

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