①古仏aoust「8月、収穫期」に由来。「8月生まれの人」「収穫期限定刈入れ作業員」の意。又、同源の*A(v)out(←ラaugustus「威厳のある」)という男名より。
②洗礼名ダヴィド(David)の愛称形に由来。
Hue Daout(1347年Amiens(ソンム県))
1
Renard d'Aoust(1350年Liège(ベルギー、リエージュ州))
2
Jehan Davout(1422年Senailly(コート=ドール県))
3
Witasse d'Aoust(1449年Abbeville(ソンム県):バイイ)
4
Jehan Davoust(1483年Le Ferté-Bernard(サルト県))
5
Dyonisio Davoust(1486年Le Mans(サルト県))
6=
Dionisio Davoust(1493年Le Mans)
7
Christophe Davoust, fils de François Davoust(1539年Pont-Molin(セーヌ=エ=マルヌ県):近習)
8
①ニックネーム姓、父称姓。フランスの軍人・元帥ルイ=ニコラ・ダヴー(Louis-Nicolas d'Avout/Davout:1770.5.10 Annoux(ヨンヌ県)~1823.6.1 Paris)の姓。
かなり珍しい姓で、オルヌ県やメーヌ=エ=ロワール県等、フランス北西部に多い。同源異綴の姓にダヴー(
Davoust:比較的多く、
仏北西部のマイエンヌ県に集住)、ダウー(
Daout:仏中部シェール県やアンドル県に集住)、ダウー(
Daoust:各地に散在)、更に
Da(v)ou、Da(w)oud、Dahout、Davous、Déoust、Davoult、Davoux、Davouts、d'Aoust、D'Aoust,、D'Aoûst、Daoût、D'Août、Davot等、異綴の多い姓である。
ルイ=ニコラ・ダヴー自身も古い記録ではd'Avoût、Davoût、Davoust(この最後の綴りはドイツ語文献に多く見られる)など、様々な綴りで現われる。
古仏aoust「8月、刈入れ、収穫期」
9(>仏août)に由来し、「8月に生まれた人」「収穫期のみに刈入れを
行う季節限定作業員」を表した姓と考えられている。本語は英語のAugust「8月」と同語源だが、英語の様にラテン語から直接借用した語形ではなく、
ラテン語から俗ラテン語を経由して民間の間で継承されてきた本来語である為、母音間の軟口蓋破裂音[g]が緩音化によって失われる等、殆ど原形を留めない
ほどに摩耗してしまっている。現在の8月は本来はローマでは「6番目の月(Sextilis)」と呼ばれていたが、ローマ帝国初代皇帝
アウグストゥス(Imperātor Caesar Dīvī Fīlius Augustus
:在位、紀元前27~紀元前14年)の名前に因んで紀元前8年に月名をAugustusに改名したのが始まりである。これはカエサルが自身の誕生月が7月であった事
から、元々の月名Quincitilis(原義「5番目の月」)から自身の家名Jūliusに改名した故事に倣ったものだが、アウグストゥスは8月生まれではない(9月が誕生月)
。その理由は4世紀初頭に活躍したローマの著述家マクロビウス(Macrobius Ambrosius Theodosius)が記録し保存した元老院決議(senātum consultum)に見える。
それによれば、アウグストゥスが最初の執政官職に任命された月、アクティウムの勝利でローマ内戦を終結させた等の3度の戦勝凱旋をした月がともに8月で
あった事から、ローマ帝国の繁栄にとって縁起が良いとされ、元老院によって月名をAugustusに改名する布告がなされたことによっており
10、よく言われているようなアウグストゥス自身が名付けたものではない(アウグストゥスの死後6年経ってからの命名である)。
アウグストゥス帝の名はラaugustus「神聖な、威厳のある」
11という形容詞に由来し、彼が皇帝になった後の称号であった。
フランス語の男名オーギュスト(August)もアウグストゥス帝に由来し同語源だが、これはラテン語形が公文書等で墨守されて継承されてきた形である。
本来であれば男名も月名と同じく、(ア)ウー(ト)(*Aout)、アヴー(ト)(*Avout)等の形になっていた筈である。所が、この語形での男名用例は
古い記録からは見付からない。然し一方でAugustusの形容詞派生形Augustīnusから生じた男名に古仏Aoustin
12が存在し、
これを語源とする仏姓アウータン(Aoutin)、アウー(ス)タン(Aoustin)がフランス北部で見られる。又、この人名に由来する地名の古い記録にも、摩耗形が
現れる。
●仏北部セーヌ=エ=マルヌ県モー(Meaux)郡クーロミエ(Coulommiers)小郡
サン=トーギュスタン(Saint-Augustin):
Sanctus Aoutinus(1249年)
13
●仏西部メーヌ=エ=ロワール県アンジェ(Angers)郡アンジェの小地名
サン=トーギュスタン(Saint-Augustin):
S. Aoustin(1405年)
13
これらの間接的な証拠から、かつて*Aou(s)t、*Avou(s)tというラAugustusの後裔に当たるフランス語の古い男子名が存在していた可能性が指摘できる。
フランス語では男子名に前置詞de「~から」を前置して、「~の子(孫)」を意味する父称(姓)が形成された場合が有る。ここからDavout姓とその系列姓が、
この未文証の男名に由来しているケースも存在しえる
14。
[Morlet(1997)p.274, Germain et Herbillon(2007)p.284, Cellard(1983)p.97, Larchey(1880)p.121, ONC(2002)p.162]
②父称姓。フランスの固有名詞研究家
トスティ
(Jean Tosti)が別の可能性として提示している
仮説。トスティによれば、
Davout姓とその同系の姓が古仏aoust「8月、収穫期」に由来するにしては出現頻度に問題が有るとしており、旧約聖書の登場人物から
取られた洗礼名ダヴィド(David)の愛称形に由来する可能性も視野に入れるべきだとしている。"出現頻度に問題有り(La fréquence de ces noms pose
malgré tout problème)"というのが何を意図したものか良く解らないが、月名を起源とした姓にしては分布人口が多すぎるという事だろうか?
然し、例えば「1月」を意味する仏姓ジャンヴィエ(Janvier)や「2月」の意のフェヴリエ(Février)姓は全国にいずれも2000件前後存在するが、
「7月」の意のジュイユ(Juille)姓と「12月」の意のデサンブル(Décembre)姓は全国にいずれも60件前後しかないなど、月によってかなりのばらつきが有る。
月名によって人口が違うのは何か原因が有ると思われるが
15、取り立てて出現頻度を問題視して月名由来説を疑う理由も無い
ように感じるのだが・・・。
◆ラaugustus「神々しい、神聖な、威厳のある」←古ラ*augos(属格*augeris)「増大」+*-to-(形容詞形成接尾辞)←PIE*áug-os(+動詞語根から抽象名詞を形成する接尾辞)
←*aug-「増える」。
PIE*-os≪強格形≫(弱格形は*-es-)は動詞語根から抽象の中性名詞を形成する接尾辞で、ドイツ語の名詞複数語尾-er等、
様々な形で印欧語の諸言語で化石的に残っている(cf.
カラシニコフ(Kalášnikov)、
ラザフォード(Rutherford))。ラテン語ではこのPIE*-o/es-接尾辞から形成された名詞に*-to-形容詞接尾辞を接続して
新たな形容詞を派生する方式が、古くは一般的な語形成法として存在していた:ラmodestus「礼儀正しい、規律正しい、控えめな」(←modus「尺度、限度、抑制、量」(後、o語幹男性名詞に改新)←PIE*méd-os←med-「測る」)、ラjustus「正当な、公平な」(←jūs「法」←PIE*yéw-os←*yeu-「活力」)
、ラhonestus「名誉となる、立派な」(←honor「名誉」←?語源不明)、ラvenustus「魅力のある」(←venus「性愛、愛人」←PIE*wén-os「愛」←*wen-「望む、愛する」)
(cf.
ヴァレリー(Valéry))。
未文証の古ラ*augos「増大」に形容詞形成接尾辞が接続して生じた。ラaugur「鳥占い師、占卜官、予言者」は古ラ*augos「増大」の後裔で、「増大」→「豊作」→
「神の恩恵」→「吉兆を授かる者」の転義とされる
16。
1 Augustin Thierry "Recueil des Monuments Inédits de l'Histoire du Tiers État. vol.1"(1850)p.764
2 Germain et Herbillon(2007)p.284
3 Victor Petit "Description des villes et campagnes du dept. de l'Yvonne. vol.2 (Avallon)"(1870)p.140
4 Félix-Victor Goethals "Onomasticon du dictionnaire héraldique des familles nobles du royaume Belgique."(1864)p.36
5 Société d'Agriculture, Sciences et Arts de la Sarthe "Bulletin de la Société d'Agriculture, Sciences et
Arts de la Sarthe. vol.8"(1862)p.845
6 Jean Mabillon "Archives de la France Monastique. Revue Mabillon. vol.9"(1913-1914)p.123
7 ibid. p.126
8 M. L. Sandret "Revue historique nobiliaire et biographique. vol.3 part.1"(1876)p.121
9 Hilaire Van Daele "Petit dictionnaire de l'ancien français."(1940)p.32
10 http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0063:id=calendarium-cn
11 研究社羅和辞典p.69
12 Reaney(1995)p.19
13 Nègre(1998)p.1531
14 Germain et Herbillon(2007)p.29
15 この様な原因不明のバラつきは、ドイツの曜日名に因んだ姓にも観察される。例えば、「金曜日」を意味するフライターク(Freitag)姓とその同系姓は
9707件、1995年の電話帳に掲載されているが、「火曜日」を意味するディ(ー)ンスターク(Di(e)nstag)姓とその同系姓は7件しか掲載されていない
(Kunze(1998)p.150)。
16 Watkins(2000)p.6
更新履歴:
2016年4月20日 初稿アップ