Camus カミュ(仏)
概要
古仏camus「人の鼻が丸くて短くてぺっちゃんこな」に由来。「低い獅子鼻の人」を表す渾名から。
詳細
Sarrasins li Camus(1280年Tournai(ベルギー、エノー州))1
Jakemes li Kamus(1284年Douai(ノール県))2
Gilles li Camous(1309年Compiègne(ワーズ県))3
Aalis la Camuse(1313年Paris)4
Jehannete la cammuse(1332年)5
Raulins li Camus(1333年Reims(マルヌ県))6
Jehan de Bolloigne dit Camus(1343年Picardie(仏北部))7
Lambert de Boulloigne fieux Kamus(1346年Picardie)7
Perresson Cammus(1354年Reims)8
Pierre Camus ... le dit Camus(1377年Poitou(仏西部))9
hugue le camux(1391年Combertault(コート=ドール県))10
Thomas le Camois(1408年Louviers(ウール県))11
Jehan Camuis(1411年Quaregnon(ベルギー、エノー州))12
Haubert Camuz(1417年Lyon(ローヌ県))13
Huguenat Camuz(1438年Porrentruy(スイス、ジュラ州))14
Claude Bourgeois, alias Camu(1551年Orbe(スイス、ヴォー州))15
messires Estienne Camuz(1586年Besançon(ドゥー県))16

ニックネーム姓。有り触れた苗字だが、フランス北部に分布比重が偏る。例えば、1941~1965年の統計ではフランス全国で5872件のCamus姓のうち、 491件がパリ市、以降はエーヌ県431件、パ=ド=カレー県376件、アルデンヌ県256件といったパリよりも高緯度の北部諸県に分布する。 フランスのノーベル賞作家のアルベール・カミュ(Albert Camus:1913.11.7 Dréan(アルジェリア、エル・タルフ県)~1960.1.4 Villeblevin(ヨンヌ県))と その大甥の日本のタレントのセイン・カミュ(Thane Camus:1970.11.27 ニューヨーク州~)が有名。アルベール・カミュの出身地がアルジェリアになっているが、 これは当時アルジェリアがフランス領であったためである。

アルベール・カミュの父リュシアン・オーギュスト(Lucien Auguste Camus)は1885年11月28日に当時フランス領であったアルジェリア北部の アルジェ県のウル・ファイエ(Ouled Fayet)に生まれた。リュシアンは1914年に徴兵され、アルベールが誕生したほぼ1年後、第一次世界大戦の マルヌの戦いで重傷を負い、コート=ダルモール県の県都サン=ブリュー(Saint-Brieuc)の補助病院(hôpital auxiliaire)に搬送され、1914年10月11日そこで亡くなっている 17。28歳であった。アルベール・カミュの母親はカトリーヌ・エレーヌ・サンテス(Catherine-Hélène Sintès)といい、1882年に アルジェリアの首都アルジェ南部近郊のビルカドン(Birkadem)の生まれ。1909年11月13日にリュシアンと結婚した18

その父、作家の祖父はジャン=バティスト(Jean-Baptiste Jules Marius Camus)といい、南フランスのマルセイユ(Marseille)に1842年11月3日に生まれ、 鍛冶屋・農夫を生業とした19。1886年ウル・ファイエにて没。その父、作家の曽祖父はクロード・カミュ(Claude Camus)といい、1809年8月23日に フランス南西部ジロンド県の県都ボルドー(Bordeaux)に 生を受け、1839年にマルセイユでテレーズ・マリー・(?)ベルウー(Thérèse Marie Beleoud20:1809~1894)21というマルセイユ生まれの女性と結婚、 1843年までにはアルジェリアのウル・ファイエに移住しており、1865年11月8日にそこで亡くなった22。職業はブリキ職人。 クロード・カミュの父親は明らかでない。母親はテレーズ・カミュ(Thérèse Camus)といい、1786年1月16日ボルドーに生まれた。カミュの姓はこの 女性から受け継いでいる訳だが、この女性の夫が不明な点も考慮すると、結婚せずにクロード・カミュを産んだのかも知れない。実際の経緯は全く不明である。 彼女は1834年にボルドーで亡くなった23。テレーズの父方の祖父はクロード・フランソワ・カミュ(Claude François Camus)と 言い、1714年にパリ東部のセーヌ=エ=マルヌ県の町 クロミエ(Coulommiers)の出身である。職業はパン屋24。今の所、確認できる最古の先祖はこの人物だが、やはりフランス 北部の出自である事がこれで判明した。

所で、ノーベル賞作家のアルベール・カミュはタレントのセイン・カミュの母方の大おじとの事である25。詰まり、セイン・ カミュの母方の祖父とアルベール・カミュは兄弟と言う事だ。映画情報サイト『シネママニエラ』 で、セイン・カミュが自身の先祖について言及している記事が有る26。それによると、セイン・カミュの母はフランス系 イギリス人で、実の父はスコットランド系アメリカ人、又、アルベール・カミュの父はフランスからアルジェリアに開拓の為に渡ってきたと本人が語っている。 実際は先述の通り、アルベール・カミュの父はアルジェリア生まれで、渡って来たのはアルベールの祖父である。曽祖父の代ともなると、 忘れ去られている部分も有るだろう。又、Wikipedia日本語版では、セインの"父親はアルジェリア人の血を引くフランス系アメリカ人"とあるが、 出典タグがネット資料を原典として貼られているものの、どうやらNHKの世界史の教育番組内での発言らしく27、文字ベースで 確認が取れない。セインの言と齟齬をきたしているので、Wikipedia日本語版の情報は誤りかもしれないが、どうなのだろうか。

セイン・カミュの母方の祖父は、アルベール・カミュには兄弟が一人しかいないので自動的に特定される。それは、アルベールの 兄リュシアン・ジャン・エティエンヌ(Lucien Jean Etienne Camus)である。彼の誕生年は1909年説、1910年説、1911年説の3説が有る。 この内、1909年説は一資料にしか見られないので、排除する。1910年説はアメリカのジャーナリスト ロットマン(Herbert R. Lottman)やスイスのフランス文学教師の ゲ=クロジエ(Raymond Gay-Crosier)等が採用している。 前者の著作によると、リュシアン・ジャン・エティエンヌは1910年1月20日に誕生したと書いてあり28、後者の著作によると 生年は1910年、没年は1983年としている29。ネット資料も概ね1910年説が採用されており、この年に母親の実家が有った ベルクール(Belcourt:現アルジェリア北部アルジェ市Belouizdad地区)で 生まれたとするものがある18

1911年説はフランスのジャーナリストオリヴィエ・トッド(Olivier Todd)が 採用しており、その著作のアルベール・カミュの伝記『アルベール・カミュ~ある一生~(Albert Camus, une vie)』(1996)の英語訳版に、アルベール・カミュの 両親が結婚したのは1910年11月13日で、その3ヵ月後(つまり、1911年2月)に、セイン・カミュの祖父リュシアン・ジャン・エティエンヌが生まれたとある。 つまり、今で言う出来ちゃった結婚であった。先述のネット資料等では、結婚は1909年11月13日となっており30、丁度 一年の誤差が有る。どちらが正しいのかよく解らないが、多分1910年誕生説が真実の様に思う。上記の各伝記に、セイン・カミュの祖父リュシアン・ジャン・ エティエンヌの足跡は、幼児期まではその両親の動向に付随する形で断片的な言及が見られるが(ここでは本旨に関係ないし、訳すのも面倒なので割愛する 31)、その後どうなったのかは良く解らない。伝記を読み進めれば何か判るかも知れないが、そんな時間も根気も無いので、 ここでこれ以上深入りするのは止めておく。オリヴィエ・トッドの伝記は有田英也、稲田晴年両氏による日本語訳が刊行されているので (2001年、毎日新聞社)、興味ある方はそちらを参照されたい。

仏姓Camusの語源は、古仏camus(女性形camuse)「(愚直な雰囲気を醸し出す)人の鼻が丸くて短くてぺっちゃんこな、(刃物が)なまくらの、茫然自失の」 5, 32(>仏camus「鼻の低い獅子鼻の」)に由来。「低い獅子鼻の人」を表す渾名から。この語はイタリア語にも見られるが(camuso 「鼻が低い、顔の平たい」)、語源は明らかでない(後述)。本姓は1221年にCamusの形で初出と辞書にあるが33、私自身は未確認。

尚、辻原康夫氏は『人名の世界史』p.99で仏姓カミュ(Camus)をゲール語で「入り江」の意とする。これは、アイルランドcamus「湾、入り江、港、 両太腿の間の隙間(bay, creek, harbour, the space between the thighs)」34に由来すると見る説だが、13世紀からフランス語で用例の有る 古い、しかも北フランスに非常に多く広く分布する有り触れた苗字が、ゲール語の様な遠く離れた外国語に由来しているとは考え難い。勿論、語形が偶然一致 しているだけで、両者は別語源である。恐らく辻原氏は仏camus「獅子鼻の」という形容詞の存在を把握できていなかったのだろう。そうでなければ、この様な単語を 語源として選ぶ筈が無い。仏camus「獅子鼻の」よりアイルランドcamus「入り江」の方がマニアックな単語である。どうしてこうなったのだろう。

[Morlet(1997)p.164, Cellard(1983)p.128, Larchey(1880)p.76, ONC(2002)p.109]
◆古仏camus「人の鼻が丸くて短くてぺっちゃんこな、(刃物が)なまくらの、茫然自失の」←古プロヴァンスcamus「馬鹿」←?35。 語源不明(オックcamus,gamus「馬鹿、アホ」,伊camuso「鼻が低い」)。

古オック語(古プロヴァンス語)での使用例の方が、フランス語に比べて先行しているらしい。従って古オック語からの借用とされる。 以下の様な説がある。
①ゴール*kam-「曲った」に未知の要素-usが接続して派生。-usという要素はロマンス語に存在しないので、説得力が有るとは言い難い説である。 全体をこの語根から派生したゴール*kamusio-に由来するとの見解も有るが35、どちらにしても後半要素の正体が不明である。 尚、アイルランドcamus「入り江」の第一要素cam-もこのゴール語と同語源で、この場合の-usは古アイルランドuisce「水」(cf.英whisky「ウイスキー」)に 由来しており、「曲り水」が原義。
②ca-(「拡大、軽蔑」を表す)という接頭辞要素と伊muso「鼻面、顔」,仏museau「(哺乳類の)鼻面、顔」の合成語とされる。 然し、本語が最初に現れる古オック語でca-という成分が、語構成要素として用いられた事が無いため、首肯し難い。
③仏chamois,伊camoscio「シャモア」,西camusa「シャモア」と関係付ける説。シャモアは高山に棲む山羊に似た動物。日本語でも「獅子鼻」と動物の名を借りているし、 「馬鹿」という意味も動物の性質から生じたものか。 他にも様々な説が有る
1 "Annales de la Société histoirique et archéologie de Tournai."(1905)p.382
2 Hippolyte-Romain Duthilloeul "Douai et Lille au XIIIe siècle."(1850)p.84
3 Abbaye de Saint-Corneille de Compiègne "Cartulaire de l'abbaye de Saint-Corneille de Compiègne: 1261-1383."(1904)p.336
4 J.-A. Buchon "Chroniques métrique de Godfroy de Paris, suivie de la Taille de Paris en 1313."(1827)p.41
5 Godefroy(1895-1902)vol.8 p.417
6 Pierre Varin "Archives législatives [et administratives] de la ville de Reims. vol.26 part.2"(1843)p.690
7 Société des antiquaires de la Morinie "Bulletin historique trimestriel. vol.1"(1852)p.170
8 Pierre Varin "Archives législatives [et administratives] de la ville de Reims. vol.26 part.3"(1848)p.893
9 Paul Guérin "Archives historiques du Poitou. vol.5 (1376-1390)"(1889)p.49
10 "Annales de Bourgogne: revue historique. vol.9-10"(1965)p.126
11 Eusèbe Jacques Laurière, ‎Denis François Secouse, ‎Louis Guillaume de Vilevault "Ordonnances des roys de France de la troisième race, recueillies par ordre chronologique. vol.9"(1755)p.442
12 "Mémoires et publications de la Société des sciences, des arts et des lettres du Hainaut. vol.2"(1890)p.153
13 Marie-Claude Guigue, Georges Guigue "Registres consulaires de la ville de Lyon, ou Recueil des délibérations du conseil de la commune. (1416-1423)"(1882)p.67
14 "Monuments de l'histoire de l'ancien évêché de Bale. vol.5"(1867)p.778
15 A. Verdeil, Guillaume de Pierrefleur "Mémoires de Pierrefleur: grand banderet d'Orbe où sont contenus les commencemens de la réforme dans la ville d'Orbe et au pays de Vaud. (1530-1561)"(1856)p.225
16 "Bulletin du Comité des travaux historiques et scientifiques."(1883)p.464
17 フランス国防省『死亡記録』2016年4月28日閲覧
18 http://www.enotes.com/topics/albert-camus/critical-essays/camus-albert
19 http://gw.geneanet.org/doidy?lang=fr&p=jean+baptiste+jules+marius&n=camus
20 Beleoud姓は、現在廃用。アクセント記号など無視された表記の可能性が有るので正確な読みは不詳。ベルウーという読みは適当に私が補完したので、 信用しないでほしい。
21 http://gw.geneanet.org/j438?lang=fr&p=therese+marie&n=beleoud
22 http://gw.geneanet.org/clacheau?lang=fr&pz=claire+marthe&nz=verilhac&ocz=0&p=claude&n=camus
23 http://gw.geneanet.org/clacheau?lang=fr&pz=claire+marthe&nz=verilhac&ocz=0&p=therese&n=camus
24 http://gw.geneanet.org/clacheau?lang=fr&pz=claire+marthe&nz=verilhac&ocz=0&p=claude+francois&n=camus
25 ZAKZAK『セイン・カミュが“できちゃった婚”』 2016年4月28日閲覧
26 『シネママニエラ:セイン・カミュ 大叔父アルベール・カミュを語る 』 (2015年6月9日)2016年4月30日閲覧
27 出典は「NHK高校講座」世界史第24回「アメリカの独立とフランス革命」という番組である。中国の『土豆』という動画サイトに この番組がアップされている(違法アップロードだろう・・・)。アカウントが無いと見られないようなので、確認出来ない。 Wikipedia日本語版のリンク先は第24回の「ロシア帝国」(ネットだとこの放送が第23回とするサイトも有る・・・どっちが正しいのやら)のものである。 リンク先を間違えているというより、リンク先で差し替えが有ったように見える。
28 Herbert R. Lottman "Albert Camus."(1978)p.27
29 Raymond Gay-Crosier "Literary Masters, Literary Masterpieces."(2002)p.4
30 Olivier Todd "Albert Camus: A Life."(2011)
31 アルベールを身籠ったカトリーヌ・エレーヌ・サンテスが息子のリュシアン・ジャン・エティエンヌを連れて、18時間列車に乗る長旅の後・・・云々とかって 書かれてる部分も有るが、語源と関係ないので訳す気力が出てこない。
32 http://www.cnrtl.fr/definition/dmf/camus?idf=dmfXgXrmXcgb;str=0
33 http://www.cnrtl.fr/etymologie/camus
34 Macleod(1831)p.114、O'Reilly et O'Donovan(1864)p.99
35 ロベール仏和大辞典p.359

更新履歴:
2016年4月30日  初稿アップ
PIE語根Camus:1.語源不明

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