Buchanan ブキャナン(スコットランド)
概要
地名姓。「教会法の家」、或いは「教会法が適用されている低地」の意とされるが明らかでない。
詳細
Malcolm de Boughcanian(1296年Stirlingshire)1
George Buchanan(1506年Drumnahill)1
Walterus Bucquhanan de eodem(1519年Spittal)1

地名姓。英国北部スコットランド、スターリングシャー(Stirlingshire)にある同名の地名に由来する。地名の歴史上の 綴りは以下の通り。
Buchquhanane(1240年)2
Boughcanian(1296年)2
Bucquhannane(1492年)3
Buquhannan(1512年)3
Buchquannan(1525年)3
Buchquhannane(1526年)3
Boquhannan/Buchquhannan(1536年)3
Balquhannen(1553年)3
Bowhanan(1562年)2
Bowhannan(1562年)3
Balquhannan(1566年)3
Buhannane(1588年)3
Buquhannane(1611年)3
Boquhennan(1621年)3
Boquhennane/Bucquannane(1622年)3
Bochannane(1627年)3
Buchunnuch(1662年)3

語源に関しては、ジョンストン(James B. Johnston)は以下の2つの説を挙げている2。一つ目は、 第一要素をゲールbogh「弓、湾曲」とする説である(但し、後半要素については何も言及が無い)。もう一つは、地名をゲール both-a-chanain「教会法の家」と解釈する説である。この後者の説は、ONCにも紹介されている。ある日本の植物を扱った サイトには、この姓は「大聖堂参事会員のところから来た者」を意味するとあり5、どうもE.C. スミス共編『西欧人名知識事典』がソースであるらしい(筆者は本書は未見)。この説明も、「教会法の家」説から派生したもの の様に見える。

後者の説に見えるboth-a-chanainの第一要素bothは、スコットランド=ゲールbùth「店、(大型)テント、小さく仕切った部屋」 6(英booth「ブース、売店」の借用)である。第二要素の-chanainは英語のcanon「教会法」と捉えている 様である。他に、この-chanainの正体については、字面的にはスコットランド=ゲールchànain「言葉、方言、話し、舌、発音」 7や同canan「大砲」8(<英cannon)が考えられるが、前者は意味の点で、 後者は大砲が14世紀に発明されており、地名の初出年と合わない点から無理がある。

また、ジョンストンは上記の説を発表する10年ほど前には別の語源説を提唱しており、それによれば地名の祖形をゲール bogh chananとみて、「教会法が適用されている低地(low ground (lit. foot) belonging to the canon)」の意であるとしている 9。boghという語が「低地」を表す事になるが、"lit. foot"とある様に本語の原義は「足」である とされる。然し、その様な単語は辞書には見えず、この語が実在するのかどうか確認が取れなかった。ジョンストンが、 10年語に解釈を翻しているのは、この様な事情が後になって確認された為なのかもしれないが、そこの所は不明。

取り敢えず、地名の古形はいずれも/buxhwanan/とか/bohwanan/、/ba:hwanan/といった音を表した綴りであるが、語源に 関しては決定的な説が出されていない。この地名の解釈を行っている識者で、私が確認しているのはジョンストンだけで、 諸書に紹介されている説明も、元を正せばいずれも彼の言及に基づいているようにみえる10

所でブラック(George Fraser Black)によれば、米国ペンシルべニア州に見られるブキャナン(Buchanan)姓は別の語源で、ドイツ姓 ブーヒェンハイン(Buchenhain)を英語化したものと説明している3。Buchenhainはドイツ本土では 極めて稀な姓で、ベルリン北部のオラーニエンブルク(Oranienburg)とザクセン州のツヴィカウ(Zwickau)で各一件しか 確認できない。中高独buoch「ブナの木」11,中低独boke「ブナ」12と 中高独hage(n),hain「イバラ(の藪)、囲い地」13,中低独hage(n)「生垣」14 よりなり、「ブナの生える囲い地」を意味する。『人名の世界地図』(辻原康夫著(2005))p.51に、米国大統領達の姓の語源を 示した表が載っているが、ブキャナン大統領の姓の意味を「ブナの森」としている。この解釈は ブラックの説に基づいていると思われる(更にE.C.スミス共編『西欧人名知識事典』が元ネタであろう)。

地名としても、Buchenhainはドイツに3ヵ所が確認でき、以下に列挙してみると次の通りである。 ザクセン州ゼクシッシェ・シュヴァイツ=オスターツゲビルゲ(Sächsische Schweiz-Osterzgebirge)郡、バート・ ゴットロイバ=ベルクギースヒューベル(Bad Gottleuba-Berggießhübel)村の小地名Buchenhainは1875年に現在の綴りで 初見で古い地名ではなく15、ブランデンブルク州ウッカーマルク(Uckermark)郡、 ボイツェンブルク(Boitzenburg)村のBuchenhainも1951年までアルニムスハイン(Arnimshain)という名前で、ごく最近現名に 変更されたもので16、姓とは無関係。バイエルン州オーバーバイエルン行政区域ミュンヘン (München)郡、バイアーブルン(Baierbrunn)村のBuchenhainも、姓の分布地と一致しない為無関係だろう。地名に由来している 可能性もある苗字だが、姓の古い綴りが確認できないので詳しい事はわからない。

然し、一つ疑問なのが大統領のジェームズ・ブキャナン(1791~1868)はペンシルベニア州出身だが、スコットランドの流れを 汲む家系の出である17。ペンシルベニア州のブキャナン姓が、大統領の家系の事を指しているの なら、ブラックは全く見当違いの事を言っていることになる。この様な珍しいドイツ姓が米国にもたらされるのも、確率的に考えれば 殆ど有り得ない筈である。何か根拠が有れば話は別だが(残念ながらブラックの該当書には、証拠が示されていない)、 単なる言葉遊びによる他愛も無い作り話にしか見えない。 [Reaney(1995)p.70,Harrison(1912-1918)p.54,Bardsley(1901)p.142,ONC(2002)p.98,Black(1946)p.112,Dorward(1992)p.5]
1 William Nimmo "History of Stirlingshire. Corrected and brought down to the present time."vol.2(1880)p.92
2 Johnston(1903)p.53
3 Black(1946)p.112
4 原典には語義を"a bow or bend"とある。然しこの単語は辞書類で確認が取れない。 スコットランド=ゲールbogha「弓、湾曲、丸天井、アーチ」(Macleod(1831)p.76)という単語なら実在し、この語の誤りと 見られる(古英boga「弓」(>英bow)の借入語)。
5 http://www.kanshin.jp/alaowl/index.php3?mode=diary&id=4724&date=2000
6 Macleod(1831)p.104
7 Macleod(1831)p.115
8 http://www.ceantar.org/Dicts/MB2/mb07.html
9 James Brown Johnston "Place-names of Scotland"(1892)p.46
10 ハリソン本のBuchanan項には、ウェールズbychan,ゲールbothan「小屋」との関係は 無いとしている。K. Meyer(ドイツのケルト語学者クーノ・マイアー(Kuno M.)(1858~1919)のこと)の指摘とあるので、 地名ブキャナンとスコットランド=ゲールbùth「店、小さく仕切った部屋」との関係性は、ジョンストンよりも前から 提唱されていたかもしれないが、確認できない(bothan「小屋」はスコットランド=ゲールbùthの指小形)。
11 Lexer vol.1(1872)sp.385
12 Lübben(1888)p.59
13 Lexer vol.1(1872)sp.1142
14 Lübben(1888)p.132
15 Blaschke et Baudisch vol.1(2006)p.130
16 Fischer(2005)p.36
17 http://en.wikipedia.org/wiki/James_Buchanan この英wikipediaの記事によれば、彼の両親は共に、 スコットランド=アイルランドの出自で、父ジェームズ(James Buchanan, Sr. (1761–1833))は1783年にアイルランドの ドネガル(Donegal)から米国に移住してきたそうだ。この情報は以下のURLのページをソースとしており、 信憑性がある。
http://freepages.genealogy.rootsweb.ancestry.com/~dav4is/ODTs/BUCHANAN.shtml#~BUCHANAN

執筆記録:
2011年3月29日  初稿アップ
PIE語根Buc-han-an: 1.(?)*bheug-³「曲げる」、又は (?)*bheuə-「~である、存在する、育つ」; 2.シュメール語起源; 3.*-en- 名詞・形容詞形成接尾辞

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