Bombardier ボンバルディア(仏)
概要
古仏bombarde「臼砲(キュウホウ)、射石砲」に由来し、その製造職人を表す姓。
詳細
Conrard le bombardier(1469年モーゼル県のどこか)1
Jehan Bombardier(1503年Senade(ヴォージュ県アドル(Hadol)の直ぐ南))2
Gilson le Bombardier(1520年Châtelet(ベルギー、エノー州))3
Jacques le Bombardier(1529年リヨン(Lyon))4


職業姓。フランス発祥。フランス語の発音はボンバルディェに近い。フランスでの分布は、北東部ロレーヌ地方のモーゼル(Moselle)県と ムルト=エ=モーゼル(Meurthe et Moselle)県に集中している。全国67件確認されるこの姓が、両県でそれぞれ25件、21件記録されている (1891-1915年の調査)。

カナダの航空機メーカー、ボンバルディアの創業者ジョゼフ・アーマンド ・ボンバルディア(Joseph-Armand Bombardier)は、ケベック州南部のヴァルコート(Valcourt)に1907年、農場経営者、後に商人に転身した 父アルフレッド(Alfred B.)と母アナ(Anna(旧姓Gravel))の8人の子の長子として誕生した5。アルフレッドは、1885年に父オクターヴ (Octave B.)と母ローズ・デリマ(Rose-Delima(旧姓Gagne))の子として生まれ6、オクターヴは1857年に父レオン(Leon B.)と母マリー(Marie( 旧姓Gelineau))の子として生まれ7、レオンは1816年に父アレクシス(Alexis B.)と母マルグリット(Marguerite(旧姓Patenaude))の 間に生まれ8、アレクシスは1780年父ピエール=イニャス(Pierre-Ignace B.)と母ルイーズ(Louise(旧姓Lesperance))の間に生まれ6、 ピエール=イニャスは1748年に父ジャック(Jacques B.)と母フランソワーズ(Francoise(旧姓Thibault))の間に生まれ9、ジャックは 1714年父アンドレ(Andre B.)と母マルグリット(Marguerite(旧姓Demers))の間に生まれ8、アンドレは1679年父ジャン(Jean B.)と 母フランソワーズ(Francoise(旧姓Guillin))の間に当時フランス領であったベルギー、フランドル地方の古都トゥルネー(Tournai)に生まれた 6, 10。後に、アンドレはカナダに渡りケベック州のポワント=オー=トランブル(Pointe-aux-Trembles)で没した。父親のジャンは、 詳細には名前はジャン・ボンパス・ボンバルディェ(Jean Bonpasse Bombardier)といい、トゥルネーの北東にあるサン=ソヴール(Saint-Sauveur: エノー州アト(Ath)郡)という小村に1659年生まれた10。ジャンは1675年頃に妻のフランソワーズ・ギランとフランドルで結婚している。 これ以上の先祖の遡及は知られていない。

ジャンに関しては、別のサイトではジャン・ボンバルディェ・ディ・ラボンバール(Jean Bombardier dit Labombard)という名前でも 記されているとする11。正しくはLabombardeの綴りであるが、この記録はとても興味深い。ditはラdictus 「別名~といわれている」から生じたフランス語で、渾名の前に置かれる。Labombardeが彼の渾名である訳だが、冠詞のLa-を取り払うと、 同時に姓のBombardierの語源にもなっているbombardeという単語が現れるからだ。この単語は、古仏bombardeに由来するが、ゴドフロワの 古仏辞典には語義を「婦人服の袖」12としている。確かに、"bombardes de camelot"「毛織物で出来た袖」(1516年) 等の服飾に関係する用例を彼は挙げている。然し、一方で英語語源辞典では英bombardの語を挙げ、英語で1393年初出の「低音木製管楽器」の、 1437年初出の「射石砲」の語義を載せ13、古仏bombarde「大砲(cannon)」を語源とするとしている。ボンバルディア 姓の場合は、「射石砲」に由来する姓で、「射石砲作り職人」を意味する姓である(理由は後述する)。以下、日本Wikipediaや歴史学研究会会報、 フランスの『ユニヴェルサリス大辞典』に射石砲がどんなものなのか書いてあるので14、以下にこの兵器の 概要を載せる。

射石砲は火薬の爆発力で石を飛ばす原始的な大砲の一種で、主に攻城戦で用いられた。フランスでのこの兵器の文献上の初出は1345年と されているが、百年戦争でイングランド軍がクレシー(Crécy)の戦いで使用した3台の"bombardiaux"という大砲が確実な最初の記録らしい。 百年戦争初期の射石砲は、砲身が巨大で運搬できない為、使用する現場で鋳造・組み立てをし、弾となる石を作るにも多くの人員を裂いた ので実用的ではなかった。戦争末期のアザンクール(Azincourt)の戦い(1415年)以降、射石砲は技術革新に伴い包囲戦で重要な役割を 担う様になっていく。1465年以降は砲身の改良と鉄弾の開発に成功し、大砲のサイズを三分の一にコンパクト化することにも成功した。 フランス王シャルル7世(Charles VII、在位:1422年~1461年)は、その治世の末期に常設型大砲1門と、射石砲24門を所有していたという。 また、ベルギーでは15世紀に製作されたモンス・メグ(Mons Meg)という有名な射石砲が存在した。

英Wikipediaの記述によれば15、モンス・メグはブルゴーニュ公フィリップ3世(Philippe III:1396~1467)が発注したもので、ジェハン・ カンビエール(Jehan Cambier)という名の射石砲職人が製作に当たり、ベルギー・ワロン地方エノー州の町モンス(Mons)で初めて1449年6月に 完成・試し撃ちが成功したことから、この名を得た(Megは女名。大砲の名前はしばしば女性の名前が付けられる)。

射石砲の製作工房は15世紀にはブルージュやトゥルネー(Tournai)を始めとするフランドル地方や、メス(Metz)等のフランス北東部ロレーヌ 地方に多かった。射石砲は巨大で、移動に多大な労力が費やされる為、戦場となりやすい国境付近に工房が集中したのであろう。 既に見たようにジョゼフ・アーマンド・ボンバルディアの祖先も、他でもないフランドルの出身であった。彼の祖先も射石砲 の製造に携わってきた職人であったに違いない。上掲の姓の古形一覧に挙げたConrard le bombardierという人物も、正にロレーヌ地方の モーゼル県の人物である。当時の記録によれば、"Pour paier plusieurs ovriers qui ont ovré à faire bombarde." という一文の後に列挙する5人の人物の内の一人である。この一文は1469年当時の綴り字・文法で書かれている為、ちゃんとした訳が 出来ないけれども、この5人が射石砲(bombarde)の製造職人であることが伺える。正しく、生業としている職業が姓としても記録されている例である。 又、Estiene Anthoneという人物が1478年にヴァランス(Valence:仏南東部ドローム県)で記録されており、職業は"ghorelier et bombardeur"とある16。この人物は軛(クビキ)17製造職人(ghorelier)と射石砲 製造職人(bombardeur)を同時にこなしていたことになる。15世紀末のフランスでは、二輪車に大砲を乗せて馬に牽引させて運ぶ技術が 発達した。この技術革新と、Estiene Anthoneなる人物が軛の様な荷車の部品と大砲の一種を両方製造していた事実は無縁ではないだろう。

尚、現代フランス語のbombardierには、歴史用語として「砲兵、砲手」の意があるが(ロベール仏和大辞典p.285)、今まで見てきた通り、 その使用者よりも製造者を表した姓である蓋然性が高い。また、現在のフランス語のbombardeには、「(ブルターニュ地方で使われる)管楽器」 の意があり、ハーパー(Douglas Harper)のウェブ英語語源辞典によれば、この意味はフランスでは14世紀後半に初めて現れたとしている 18。「管楽器奏者、管楽器職人」の意の可能性もあるが、姓の分布や古い記録からすると根拠が薄いだろう (「袖」の語義由来も同様)。姓の原義を「(爆撃機の)爆撃手」とする説も存在するが19、更に有り得そうもない。
[Morlet(1997)p.119,Tosti(1997~)b6,苅部(2011)p.34]
◆古仏bombarde「射石砲、臼砲、投石器」←中ラbombarda「管楽器」(伊bombarda「射石砲、臼砲、管楽器の一種」)←ラbombus「鈍い音←ギbómbos 「ブーンという音を立てること、(蜂などの)ブンブンいう音」←PIE*bamb-擬音語20。中ラbombardaの語尾-ardaは ゲルマン*χarðuz「堅い、強い」を第二要素に持つ男子名(例えば英Richardや独Reinhard、伊Leonardo)に倣って、抽出・転用したものでは ないかと自分は思う。この接尾辞は、「過度に~する者」のニュアンスを持つ名詞を派生する。
1 Société d'archéologie et d'histoire de la Moselle, Metz "Mémoires de la Société d'Archéologie et d'Histoire de la Moselle."(1860)p.188
2 Chapellier et Gley(1882)p.176
3 Germain(2006)p.178
4 Guigue(1886)p.367
5 http://townshipsheritage.com/article/joseph-armand-bombardier-1907-1964-and-ski-doo
6 http://www.nosorigines.qc.ca/genealogielistfirstname.aspx?Family=Bombardier_5227&lng=en
7 http://www.nosorigines.qc.ca/genealogielistfirstname.aspx?ancestor=3&Family=Bombardier_5227&lng=en
8 http://www.nosorigines.qc.ca/genealogielistfirstname.aspx?ancestor=2&Family=Bombardier_5227&lng=en
9 http://www.nosorigines.qc.ca/genealogielistfirstname.aspx?ancestor=4&Family=Bombardier_5227&lng=en
10 http://familytreemaker.genealogy.com/users/s/c/h/Linda-L-Schlarb/GENE2-0023.html
11 http://en.allexperts.com/q/French-Canadian-Culture-2842/Immigration.htm
12 Godefroy(1880-1902)vol.1 p.678
13 英語語源辞典p.140 また、1596年初出の「皮製水差し」の語義を掲載。
14 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%84%E7%9F%B3%E7%A0%B2、歴史学研究会『歴史学研究』vol.785(2004)p.20、 "Encyclopaedia universalis. vol.18"(1974)p.234  次のサイトも「射石砲」に関して極めて詳しい(http://www.clham.org/050572.htm)。 フランドル地方の中世末期の射石砲の工房が存在した場所を示す地図もある。
15 http://en.wikipedia.org/wiki/Mons_Meg
16 Godefroy(1880-1902)vol.1 p.678
17 「軛」は車の轅(ナガエ)の先につけて、牛をつなげる為の横木。
18 http://www.etymonline.com/index.php?term=bombard
19 苅部(2011)p.34
20 英語語源辞典p.140、ロベール仏和大辞典p.284

執筆記録:
2011年7月20日  初稿アップ
PIE語根Bomb-ar-d-ier: 1.*bamb- 擬音語(鈍い音など); 2.*kar-¹「堅い」; 3.*-tu- 名詞形成接尾辞;4.語根不詳

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