Rainerus de Beckerel(12世紀中葉Arras(パ=ド=カレー県))1 Bartholomeus de Bekerel(1199年ピカルディー地方Ponthieu伯爵領のどこか:市参事会員)2, 3 Gualterus de Bekerel(1210-1211年Montreuil(パ=ド=カレー県))4 Roberti de Bekerel(1211年Cambrai(ノール県):司教座聖堂参事会員)5 Petrus de Bekerel(1247年Arras(パ=ド=カレー県):司教座聖堂参事会員)3, 6 Sohiers de Bekeriel(1282年Wattripont(ベルギー、エノー州))7 Jeh. de Bekeriel filz Jaqmon(1326年Lille(ノール県))8 Phelippes de Bescherel(1555年Bazoches-lès-Bray(セーヌ=エ=マルヌ県):領主)9, 10 Nicolas de Becherol(1574年Coulommiers(セーヌ=エ=マルヌ県))11
地名姓。放射能の量を示す単位ベクレルは、放射線の研究で知られるフランスの物理学者アンリ・ベクレル(Antoine Henri Becquerel:
1852.12.15パリ~1908.8.25Le Croisic(仏ブルターニュ地方))に因んで名付けられた。彼の祖父アントワーヌ(Antoine César
Becquerel)も物理学者で、パリ南部にあるロワレ(Loiret)県東部にある町シャティヨン=コリニィ(Châtillon-Coligny)に
1788年3月7日に生まれている。その父(アンリの曽祖父)はルイ=エクトール・ベクレル・ド・ラ・シュヴロティエール
(Louis-Hector Becquerel de la Chevrotière)は1756年にパリに生まれ、1763年以降はシャティヨンに居住し、1842年に
没した12。彼は自治体の長も務めた事があるようだ。更にその父はピエール・エクトール・ベクレル
(Pierre Hector B.:1719~1775)、更にその父はピエール・ベクレル(Pierre Becquerel:1682~1743)という
13。ピエールは仏北部ピカルディー地方ワーズ県(Oise)北西部グランヴィリエ(Grandvilliers)小郡の
村ダルジィ(Dargies)に生まれている14。これ以上遡った資料は確認できない。
●仏ピカルディー地方、ソンム県アブヴィル郡リュ小郡リュ町の地名ベクレル(Becquerel) Beckerel(1199年)22
ad Bekerel(1210年)24 Bequerel(1257年)24
Pont Becquerel(1257年)24 Bequerol(1778年)24 Becquerelle(1836年)24
●仏ピカルディー地方、ワーズ(Oise)県ボーヴェ(Beauvais)郡マルセイユ=アン=ボーヴェシス(Marseille-en-Beauvaisis
)小郡ブリクール(Blicourt)村のベクレル(Becquerel)水車小屋
le moulin de Bequerel(1289年)22
●仏ピカルディー地方、エーヌ(Aisne)県サン=カンタン(Saint-Quentin)郡サン=カンタン小郡サン=カンタン市の地名
ベクレル(Becquerel)
Molendinum de Becherel(1176年)25
Moulin de Bekerel(1272年)25 Bequerel(1357年)25
●仏イール=ド=フランス地方、セーヌ=エ=マルヌ(Seine-et-Marne)県フォンテーヌブロー(Fontainebleau)郡ロレーズ=ル=
ボカージュ=プレオー(Lorrez-le-Bocage-Préaux)小郡トゥリィ=フェロット(Thoury-Férottes)村の地名ビシュロー
(Bichereau)
molendinum de Beschereau(1164年)27
●仏ピカルディー地方、エーヌ(Aisne)県ラン(Laon)郡マルル(Marle)小郡フロワモン=コアルティーユ(Froidmont-Cohartille
)村の地名ベシュレ(Bécheret)
Molendinum quod dicitur Bekerel(1143年)25
molendini de Beccherel(1159年)22 Bescheret(1607年)25
●仏ピカルディー地方、エーヌ県ラン郡南ラン(Laon-Sud)郡フェスティオー(Festieux)村の地名ベクレ(Bécret)
Molendinum de Bekerel(1173年)25
Molendinum quod dicitur Bequeriaux(1228年)25 Bequerel(1368年)25
●仏ノールーパ=ド=カレー地方、ノール(Nord)県カンブレー(Cambrai)県カンブレー市の消失地名
molendinum de Biekeriel(1181年)28
"Hourder pour esleghier l'elle du biecqueriel"
(1425年Lille(ノール県)、出典:アミアン図書館所蔵"Gloss. ms.")
「biecquerielのそれを軽くする為に丈夫にする」(マルピコス仮訳)31
"Ordonné par le peuple au becqueriel audit mois d'aoust"
(1428年2月13日、出典:トゥルネー文書館所蔵"Reg. aux Consaux.")
私の能力では訳せられない32。
二番目の用例は良く判らないが、最初の用例はhourderという建築用語の動詞が用いられている点からして(脚注も参照)、
biecquerielという単語が何等かの施設を指す語であるようにみえる。一体この単語は何なのだろう。ノルマンディーで
用いられている単語だから、もしかしたら英語にもこの語が伝わっているのではないかと推測してみる。そこで、MED(中期
英語辞典)に似た様な綴りの単語はないか調べてみると・・・・・・、いかにも関係が有りそうな単語が見つかるのだ。
その単語とは中英bekerel(l),bikerell「重いものを持ち上げたり運ぶのに用いた構造物(a frame-work used for hoisting or
transporting heavy objects)」33である。初出は1325年でラテン語文献中に見える。以下に引用する。
"Pro xiiij bikerell [is] ferri ad portandum spring [aldos]."(1325年 出典"Acc. Exch. K.R.165/1 m.4")
中世ラテン語は解らないので訳せられない34。
また、以下の用例を挙げる。
"In ligamine ferreo... pro le bekerel."(1334-35年 出典"Sacrist R. Ely 2 73")
「鉄製の紐に関しては・・・bekerelの前に」35
"In batellagio pro j Brok cum j Bekerel de Turri vsque Westmonasterium, ii d."
(1345年 出典"Acc. Exch. K.R.471/1 m.3")36
MEDによれば、この中期英語の単語は古フランス語のbecquerolle「看板・軍旗などを吊り下げる為のT字支柱(potence à pendre
les enseignes)」29の借用だとしている。古仏becquerolleの用例はゴドフロワの辞書には1507年のものが録されているが、
それよりも古くから有った語と見なされているのだろう。これらの古語から判断すると、Becquerelとその同源の地名は、本来は
水力を用いたタービンで動くクレーンを装備した水車小屋を表す名前ではないかと私は思う。ネグルが指摘している、
この水車小屋地名を「お喋り好き(な女)」を意味する語に由来するという説は誤りであろう。寧ろ、お喋り好きな人物を
ガタゴト常に動いて音を立てている水車小屋に喩えたのだと私は思うのだが。
1225年にフランスで足踏み回転車クレーン(英treadwheel crane,仏cage à écureuil)が文献上初めて登場する37。このクレーンは
、ハムスターの回転車の如く、人が大型の回転車の内側に入り回転させ、その動力が伝わって備え付けのクレーンが可動する
という代物である。これの動力源を水力に頼ったものが有ったのかもしれないが、その記録を見出せない38。また、上掲の如く12世紀
中頃には既にこの名前が地名や人名に用いられており、足踏み回転車クレーンの初出よりも早い。よって論拠に少し確証が
持てない所があるけれど、私としては結構有望な見解じゃないかなと思っている。
所で、上記の何かを「吊り下げる装置」を意味する古フランス語の単語の語源は何だろうか。調べてみると、以下の三つの
説がある。一つ目は、上記のトスティが指摘しているゲルマン語で「小川」を意味する語に指小辞-(e)relが付随したと見る説。
但し、「小川」の意から「水車小屋」の意に転用されるというのが苦しい。
二つ目は、モルレの指摘する仏bec「嘴」に指小辞-(e)relが付いたと見る説。三つ目は、水車の水を受けるバケットに注目した
説である。ショーランとルベーグによるピカルディーの地名を扱った本に提示されており、以下に引用する。
"ギbîkos「椀、コップ」は初めは能力や入れ物の大きさを意味した。後期ラテン語におけるその派生語bicariusに接尾辞-ellusが
付随した形からbécherel「水車のバケット(auget du moulin)」が生じたのであろう。"39
他の本でも同じ説を採っているものがあり、やはり「水車のバケット(godet de roue de moulin)」を意味する*biccarelluから
生じた水車小屋の名に因むとしている40。bicarius、或いは*biccarelluという形は、中世ラテン語のbicārius「広口の大型
コップ」41のことで、理科の実験に使う「ビーカー(英beaker)」の語源となった単語である。但し、この説にのっとるならば
水力クレーンとの関係は無いことになる。
私の考えでは、仏bec「嘴」指小形説が良いのではと思う。クレーンを意味するフランス語grueは「鶴」が原義。
「クレーン」の意での用法も古くからあるらしい。鶴の首に形が似ているからの転意だが、これは中世オランダ語craneの影響があるとの事
42。英craneも「鶴」が原義で、「クレーン」の意の初出は1349年である43(ハーパーのウェブ英語語源辞典によると、「クレーン」
の意での初出は13世紀とある44)。水力クレーンを鳥の頭部に喩えて、その先を「嘴」と見なしてbecquerelと名付けたのではない
のだろうか。
取り敢えず、確実なことはこの姓は「水車小屋」を意味する地名に由来するという事である。
[Morlet(1997)p.90,Tosti(1997~)Beaurepaire-Benavente項,ONC(2002)p.56-57]
◆(古)仏bec「嘴」←ラbeccus「嘴」←ゴールbeccus←ケルト*bakkos「鉤(カギ)」(古アイルランドbacc「曲がったもの、木切れ」(>アイルランド
bac),ウェールズbach「角、鉤」,ブルトンbac'h「踵、棒切れ」)←PIE*bak-「棒切れ;打つ」(ギbáktron「杖」,ラbaculum「杖」,古英
pægel「ワイン瓶」,リトアニアbàkstelėti「ドスンという音を立てる、ぷっぷっと吹き出る」)45。
1 Abbaye de Saint-Vaast(Arras) "Cartulaire de l'abbaye de Saint-Vaast d'Arras."()p.351 同書p.350にも
同姓のRamerus de Beckerelという人物が見える。詳細な年代は不明だが、10頁ほど前の記事にM.C.XLI、つまり1141年と
記録されているので、このあたりの年代と見なした。 2 Augustin Thierry " Recueil des monuments inédits de l'histoire du Tiers état."vol.4(1870)p.614 3 de La Gorgue-Rosny(1874)p.123 4 Jean Baptiste Alexandre Théodore Teulet "Layettes du trésor des chartes."vol.1(1863)p.362 5 Commission historique du déparatement du Nord "Bulletin de la Commission historique du déparatement du Nord."
vol.18(1888)p.306 6 Académie des sciences, lettres et arts d'Arras "Mémoires de l'académie des sciences, lettres et arts d'Arras"
(1906)p.332 7 Frédéric Auguste Ferdinand Thomas de Reiffenberg "Monuments pour servir à l'histoire des provinces de Namur,
de Hainaut et de Luxembourg"vol.1(1844)p.189 8 Martine Aubry "Quatre mille bourgeois de Lille au XIVe siècle."(1999)p.69 9 Félix Pascal "Histoire topographique, politique, physique et statistique du département de Seine-et-Marne."
(1836)p.323 10 Société archéologique de Sens "Bulletin de la Société archéologique de Sens."vol.30(1918)p.250 11 Maurice Mousseaux "Aux Sources francaises de la reforme. Textes et faits. La Brie protestante. - Paris:
Librairie protestante."(1967)p.213 12 Loïc Barbo "Les Becquerel: une dynastie de scientifiques"(2007)p.7 資料によっては1823年没とするものもある
(下のURL先のサイトも参照)。 13 http://www.nowotwory.edu.pl/files/pdf/2008/plik_s%20258e%20Mould.pdf 14 Muséum national d'histoire naturelle "Archives du Muséum national d'histoire naturelle"(1954)p.5 15 ONC(2002)p.56-57 16 Morlet(1997)p.90 17 http://jeantosti.com/noms/b4.htm 18 Commission historique et archéologique de la Mayenne "Bulletin de la Commission historique et archéologique de
la Mayenne"(1913)p.352 19 Boutiot et Socard(1874)p.16 20 M. de Boisvillette "Statistique archéologique d'Eure-et-Loir."(1864)p.524 21 http://www.ot-cloyescanton.fr/le-canton?start=5 22 Nègre(1996)p.1341 23 Société des antiquaires de Picardie "Mémoires de la Société des antiquaires de Picardie."(1867)p.93 24 ibd. p.94 25 Matton(1871)p.23 26 http://www.wulfila.be/tw/query/?lemma=1228 27 Nègre(1996)p.1342 28 Société des sciences, des arts et des lettres du Hainaut "Mémoires et publications de la Société des sciences,
des arts et des lettres du Hainaut."(1864)p.648 29 Godefroy(1880-1902)vol.1 p.607-608 30 ibd. p.606 31 古仏esleghierは「軽くする(soulager)」の意。古仏hourderは良く判らない。対応する仏hourderは建築用語で「ハーフティンバー壁や
床組に石や漆喰などを充填する、木ずりで漆喰塗りの為の床下地を作る」(『ロベール仏和大辞典』p.1236)とある。
古仏hourderはGodefroi(1880-1902)vol.4,p.511によれば、「丈夫にする、柵を巡らす、塹壕などで陣地を防御する(fortifier, palissader, retrancher)」
等とある。又、仏hourderは仏wiktionaryによれば、「(石・煉瓦・ブロック等で)乱雑に建造する、丈夫にする、
ハーフティンバー壁の木組み間の石・漆喰等の充填材を作る(maçonner grossièrement, fortifier, faire un hourdage)」と
ある。この語は、古仏hour(d),h(o)urt,heurt「防御陣地、防御柵(retranchement, palissade)」から派生した動詞で、英
hurdle「編み垣、ハードル」と同語源。いずれにしても、この文章ではbiecquerielの何等かの部分を補強している意味である。 32 ordonnéはordonner「整える、整理する」の過去分詞?。mois d'aoustは「8月中に」の意。auditが良く判らない。 33 MED B項2巻(1957)p.696 34 文章は一部英語の単語が混じっている。 35 in(奪格支配)「~の中に、~において、~に関して」;ligamine(中性名詞ligāmenの単数奪格形)「紐、リボン状のもの、包帯」;
ferreo(ferreusの中性単数奪格形)「鉄製の、堅固な」。 36 中ラbatellagioの語義が確認できない。再考まつ。 37 http://en.wikipedia.org/wiki/Treadwheel_crane 38 ドイツの鉱山学者アグリコラ(Georg Agricola)の著作『鉱山書(De Re Metallica)』(1556年)には、水車の動力で動く
鉱物を持ち上げる為のウィンチ(巻揚げ機)が記載されている(http://en.wikipedia.org/wiki/Georgius_Agricola)。 39 Jacques Chaurand, Maurice Lebègue"Noms de lieux de Picardie."(2000)p.186 40 "Revue internationale d'onomastique."vol.11(1959)p.158 41 英語語源辞典p.108 42 ロベール仏和大辞典p.1182 43 英語語源辞典p.295 44 http://www.etymonline.com/index.php?search=crane&searchmode=none 45 http://www.etymonline.com/index.php?search=beak&searchmode=none、英語語源辞典p.91、
Pokorny(1959)p.93
執筆記録:
2011年5月29日 初稿アップ