Beckenbauer ベッケンバウアー(独)
概要
中高独becke(n)「パン屋」と中高独būr(e)「農民」より構成され、「パン屋の農民」の意。或いは初期新高独≪ライプツィヒ方言≫bauerbecken「田舎パン屋」に由来。
詳細
Laurianus Pekenpaur(1774年)1
Wenceslaus Beckenpaur(1780年)2
Franc. Xav. Peckenbaur(1780年Haibach(バイエルン州))2
Gasparus Pekenbaur(1803年Révfalu(ハンガリー、ジェール市))3

職業姓。バイエルン州中部に集住。ドイツのサッカー選手・指導者フランツ・アントン・ベッケンバウアー(Franz Anton Beckenbauer:1945.9.11 München~) の姓。古い記録は無い。上掲の18世紀末の3例は、いずれも前後に記されている地名からバイエルン南部の記録である事が確認される。 語源は、中高独becke「パン屋」4+中高独bûwære,bouwære「農民」5より構成され、有り触れた「農民」を 意味するBauer姓に限定符を付して差別化を図って分岐した姓と見られる。

一方、年代は不明だがバイエルン州中部のノイマルクト郡(Neumarkt in der Oberpfalz)の町フライシュタット(Freystadt)の市民で Anna Bauerbeckという名の未亡人の記録が有る。面白い事に、この女性の苗字はBeckenbauerとも記録されているらしく6、 ベッケンバウアー姓が本来はバウアーベック姓であった可能性もある。現在の集住地と同じ地域の記録だけに無視できない。

そこで注目されるのが、ライプツィヒ(Leipzig)の市議会資料に保存されている『パン屋の統治(Becken-Regiment)』(1695年)という小冊子に現れる Bauerbecken「田舎からやってきたパン屋(Bäcker aus den Dörsfern)」と呼ばれる職種名だろう。この場合のBauer-は「農民」というよりも、 原義の「田舎に住む人」を現わしたものとみられる。当時のライプツィヒでは田舎パン屋だけでなく、市在住のパン屋にもパン税や白パン税が課せられており、 パン屋は全体的に苦しい状況に置かれていた。1593~1762年に至っては田舎パン屋にのみ課せられた税もあり、この期間に20年連続毎年4回も その税が取り立てられたこともあったという7。1701年のライプツィヒの記録では、次のようにもある。

"die bauerbecken und mehlhändler, welchen ein edler rath erlaubet, an denen gewöhnlichen marktagen ... feil zu haben und zu verkaufen." 8
これは田舎パン屋(bauerbecken)と小麦粉商人が通常の日でも市場で売買する事を、市議会が認可した記録と見られる。この単語がもし バイエルン中部域でも使われていた時期が有るとしたら、前出の寡婦の苗字の元になった可能性がある。「田舎パン屋」の解釈も考慮すべきだろう。
[Kohlheim(2000)p.112, http://de.wiktionary.org/wiki/Beckenbauer]
◆中高独becke「パン屋」←古高独bekko「パン屋」←bakkan,backan,bahhan,bachan「(パン・菓子・肉等を)焼く」←ゲルマン*bak(k)an「(パン・菓子・肉等を)焼く」 (cf.ペケルマン(Pekerman))。
1 Maior Congregatio Beatae Virginis Mariae Matris Propitiae ab Angelo Salutatae "Album Marianum Majoris Congregationis Beatae Virginis Mariae Matris Propitae ab Angelo Salutate Monachii."(1774)
2 Maior Congregatio Beatae Virginis Mariae Matris Propitiae ab Angelo Salutatae "Album Marianum Majoris Congregationis Beatae Virginis Mariae Matris Propitae ab Angelo Salutate Monachii."(1780)
3 https://familysearch.org/pal:/MM9.1.1/X8N4-85V
4 Lexer vol.1(1872)sp.138
5 ibid. sp.403
6 Barbara Gebhardt, Manfred Hörner "Bayerisches Hauptstaatsarchiv Reichskammergericht."(1999)p.9
7 Otto Dittmann "Die Getreidepreise in der Stadt Leipzig im XVII., XVIII. und XIX. Jahrhundert."(1889)p.8
8 DWB vol.12 sp.1868f.

執筆記録:
2014年12月11日  初稿アップ
PIE語根Beck-en-bau-er: 1.*bhōg-「(パン・菓子・肉を)焼く」; 2.*-e/on- 名詞・形容詞形成接尾辞; 3.*bheuə-「~である、存在する、育つ」; 4.語源不明

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