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Cadogan カドガン(ウェールズ)
概要
ウェールズ語の古い男名Cadu(u)gaunに由来。ウェールズcad「戦い」に指小辞、又は所属を表す接尾辞が二つ後続して生じた名前。 「戦ちゃん」「戦に関わる者」の意と思われる。
詳細
Eva fil. Kadugan(1273年Salop(イングランド中西部))1
Richard Cadigan(1273年Warwickshire)2
Jevan ap Cadugon(1287年Cheshire)2

父称姓。ウェールズ系。ウェールズ南部に多く、特にカーディフ(Cardiff)に集住。古ウェールズCadu(u)gaun,Cadwugaun3 という男子名に由来する。この男子名の第一要素がウェールズcad「戦い」4である事は、識者の間でも一致した意見であり、同語源の 単語が他のケルト諸語や印欧語語派の個人名にも利用されていることから(例えばドイツの女名ヘートヴィヒ(Hedwig)の第一要素Hed-等)、疑い無い。 問題は第二要素で、様々な見解・意見が出されていて、大変面白い事になっている。

先ず、『Oxford Names Companion』(以下ONCと略)の第二章個人名語源辞典はウェールズg(w)ogawn「能力、力(capability, energy);満ち足りる事、豊富(fullness, plentitude);栄光、誉れ、栄誉(glory, distinction, honour)」*5由来説を採る5(但し、ONCは「栄光」系の語義にしか言及していない)。 この単語はウェールズgogoniant「栄光」6と語源上関係が有り、PIE*ken-「動いている、起こる、努力する」(cf.ギdiā́konos「執事」の 第二要素-konos)のo階梯の長母音化形*kōn-に遡る。PIE*-ō-→ケルト*-ā-→古・中ウェールズ-aw-→ウェールズ-o-の母音変化は正則、 母音に挟まれたケルト*-k-がウェールズ-g-に転じるのも正則である。語頭のg(w)o-は接頭辞で、元々は前方に向かって進むニュアンスを持った前置詞であり、「~へ近づいて、 ~の近くに、~の」の意味がある。接頭辞としては名詞に接続して指小形を作ったり(cf.ウェールズgofron「小さな丘」)、動詞や形容詞に 接続して、意味の程度を限定的にする機能がある(cf.ウェールズgodrigaw「少し滞在する」)7。この前置詞・接頭辞は、私の勝手な想像だが 恐らくロシア語の前置詞za「~の向こうへ」(cf.Zagreb地名(原義「堀の向こう側」)の第一要素)と同語源で、PIE*ghō「~の後ろに、~へ向かって (behind, towards)」に遡ると思われる。音対応と意味が完全に一致するので間違いないと思うが、何故かポコルニーの辞典のPIE*ghō項に このウェールズ語の前置詞・接頭辞が採録されていない。

次に、『Dictionary of American Family Names』という米国人の苗字本の説8。第二要素をウェールズ*gwgan「顔を顰(シカ)める者(scowler)」とする。古ウェールズ Gwgan、Gwgonという男子名が存在し(ウェールズの古い記録にも、度々登場する名前である)、この名前とも関係付けており、ウェールズ gwg「しかめっ面(scowl)」の指小形とする。確かにウェールズgwg「鋭い目つき、しかめっ面、一瞥(piercing look, stern look, frown, glance)」9という単語は実在する。この苗字本はハンクス(Patrick Hanks)が2003年に著したもの。上記のONCの第二章もハンクスがホッジズ (Flavia Hodges)と共著したものである(1990年)。つまり、ハンクスは約10年後にカドガンという名前の語源説を訂正した事になる。確かに g(w)ogawnが語源となると、最初のg(w)o-という音節がCadu(u)ganではかなり磨耗した事になってしまい、無理な印象がある。

次に、苗字研究家のハリソン(Henry Harrison)の解釈である10。彼は第二要素をウェールズawg「熱心(keenness, ardeney, eagerness)」11に 由来するという。cadとawgを足して、更に不変化要素(elemental particle)-anが接続したものだという。

次に、『Surname Database』という苗字サイトの説12。サイトによれば、ウェールズcad「戦い」を第一要素に持つウェールズ語の男子名 Cadfael、Cadogの愛称形がCadoganとしている。私も、この説に賛同している。そもそも、Cadogという名前自体がcad「戦い」を第一要素に 持つ男名の愛称形と考えられる。これに更に指小辞-anが後続して派生した名前がCadoganではないかと思う。Cadogという名前は ウェールズ語文献ではCadwgの形で多用されており、古くから用いられてきた名前であった。かつて、カーディフを含むグラモーガン (Glamorgan)という郡がウェールズにあり、ここにカドックストン(Cadoxton)という地名が存在している。この地名の初出は Caddokeston(1254年)13で、既に13世紀にCadogという名が利用されていたことがわかる。

上記サイト説と似たような試案だが、もう一つ別の解釈を私は考えている。ウェールズcad「戦い」は古ウェールズcatを経由して、 ケルト*katu-「戦い」に遡る14。これに、所属を表す形容詞・名詞を作る接尾辞のケルト*-āk-が接続した*katu-āk-o-「戦争に属すもの」から ウェールズ人男名Cadogが生じているように見える。同様の語構成の単語にPIE*kelə-「叫ぶ」→ケルト*kalyāko-→ウェールズceiliog「雄鶏」(=古アイルランドcailech「雄鶏」,マンkellagh 「雄鶏」)15がある。スィムズ=ウィリアムズ(Patrick Sims-Williams)のケルト語音韻史の本に、 このCadogという男名に関する記述がある16。 それによると、Cadogの最初期に記録されている綴りはCATVC(年代は書いてない)、更にCATGUG、CATTUG(いずれも年代未記入)の綴りが あるらしい。ここに現れる語尾-ucはケルト*-āk-から発達したものであるが、その母音の質は円唇性を持った奥舌母音/ɔ/の長母音 としており、ウェールズ南東部ではケルト*-āk-は-awgではなく-wgに転訛したのが特徴的だとしている。 *katu-āk-o-というケルト祖語形からは、古ウェールズ*Cadwawcが導かれるのが規則的だが、記録にはCATVCとかCadwgという形しか 現れないのは、ウェールズ語内の方言が原因になっていることになる。

さて、カドガンの名の直接の語源となった、CATVC、Cadwgから派生した古い男名Cadu(u)gaunの最後の-aunはどの様な意味を持つ接尾辞 なのだろうか。-aunという表記が、一般的な古ウェールズ語の表記-awnに対応するのであれば、その祖形はケルト*-ān-に遡ると判断できる。 これは印欧語の所有を表すホフマン接尾辞*-ōn-(<*-H3on-)に由来するように思われる。若しくは、単純に 指小辞なのかもしれないが、ウェールズ語の指小辞は一般的には-ynの様なので(cf.ペイリン(Palin)③)、少し苦しいかもしれない。 ここら辺の事は、もっとケルト人の個人名の組成メカニズムに詳しくならないと、判断のしようが無い。

兎に角、ウェールズ語はケルト語の中では、音韻変化の面では保守的であり、ハンクスが言うようなcad「戦い」とg(w)ogawn「栄光」、 *gwgan「顔を顰める者」から構成されたとする説を採る場合、第二要素の語頭子音g-が失われた事を説明するのが困難である。最も、ケルト祖語から古ウェールズ語に 発達する過程で、母音間の-g-は消失するので、この語構成がケルト祖語期に遡るなら、g-が消失するのは有り得る。然し、g(w)ogawn「栄光」、 *gwgan「顔を顰める者」は古い起源を持つ単語とも思えず、極めて疑わしい説である(他のケルト諸語にg(w)ogawnや*gwganと同じ構成の同語源語が見つからない)。 ハリソンの説の方が、まだ問題点が少ない。という訳でCadoganという名前は、ウェールズcad「戦い」の後ろに、2つの接尾辞が 後続して出来ているとする案が一番安定感があると思う。その接尾辞の正体に関しては、未だ確定的な事は言えないのだが、まあ Cadoganとは「戦(イクサ)ちゃん」、或いは「戦に関わる者」みたいな意味ではないかと私は思う。

中世では、カドガンという名前はウェールズの幾人かの王の名に使われている。中世ウェールズの古写本を土台にして編纂された昔話 集マビノギ(Mabinogi)17にも、カドガンの名を持つ人物が2人登場するらしい5。ONCによるとウェールズでは、20世紀に男子名として復活した 経緯があるが、これは苗字としてCadoganの名が残っていた事が寄与しているとのこと。現在英国には、カドガン伯(Earl Cadogan)の貴族 家系がある。現当主は八代目のチャールズ・カドガン(Charles Cadogan:1937年生まれ)である。初代はダブリンに1675年に生まれた ウィリアム・カドガン(William C.)であった。彼の先祖は、サウス・ウェールズの王カドゥガン(Cadwgan:1112年没)だと言われている 12

アイルランドでもCadganという姓は見られる。マクライサハト(Edward MacLysaght)18のアイルランドの苗字辞典に詳しい事が書かれ ている。以下に該当項目の全文を引用する。()の記述は引用者マルピコスによる。
"アイルランド姓Ó Ceadagáin19の英語音転写形。ウェールズ姓Cadoganとは別系。アイルランド、コーク(Cork)県の氏族。17世紀には ダブリンとミース(Meath)県(アイルランド東部Leinster地方)に非常に多く、13世紀以前からリムリック県(Limerick:アイルランド南西部 Munster地方北部)で記録が残っている。ウルフ(Woulfe)によれば、céadach「百に所属する(possesing hundreds)」(英hundred,ラcentum「百」と同根) から派生した名前というが、支持できない。恐らく語根はcet「殴打、打撃(blow, buffet)」に遡る。"
『Surname Database』は、どちらの説も立証できないとして一蹴している12。『Surname Database』によれば、アイルランドでの Cadogan姓の初出はBartholomew Cadigan(1341年)でリムリック県の領主としてである。ウルフ(Patrick Woulfe)によると、 この姓のアイルランド語表記はÓ Céadacháin, Ó Céadagáinとし、個人名Céadachán、Céadagánに由来し、その英語化した姓の綴りとして O Kadegane、O Keadigan、Cadigan、Cadoganを列挙し、コーク県東部の古い苗字だと言う20。そして、両個人名は「百に所属する (possessing hundreds)」を意味するCéadachの指小形とする。

実は、マクライサハトとウルフの主張にはカラクリがある。姓のアイルランド語形が、マクライサハトの挙げるものと、ウルフの挙げる ものとで、微妙に異なっている事がお分かり頂けるだろうか。前者のÓ CeadagáinにはCead-という音節部分には長音記号が無く、 後者のÓ Céadagáinのそれには長音記号を表すアクセントが付されている。些細な違いだが、この違いに寄って語源の説明が全く 変わってくるのだ。アイルランド語のcéad「百」は前述の通り、ラcentum「百」と同語源で、ケルト*kantom「百」から発達した。*kantomの 鼻子音-n-が消失する事で、直前の母音がそれを補う様に長音化したのである(この現象を代償延長と言う)。一方、cet「殴打、打撃」は ウェールズcad「戦い」と同源で、素人目にはPIE*kat-「戦う」に遡る様に見えるが、他の辞書には見えない単語で、素性がはっきりしない。 取り敢えず、アイルランド姓Ó CeadagáinとÓ Céadagáinという2つの綴りは、マクライサハトとウルフが各々の自説を正当化する為に、 どちらかがインチキをしている恐れが有るのだ。『Surname Database』が両説とも立証出来ないとしているのは、この様な背景が有るから だろう。Ceadáganの形の方が正しいならば、単純にウェールズ語の男子名Cadoganのアイルランド語の対応形として問題が無いと思うのだが ・・・。
[Reaney(1995)p.79,Harrison(1912-1918)p.64,Lower(1860)p.,Bardsley(1901)p.154,MacLysaght(1999)p.32]
◆ウェールズcad「戦い」←古ウェールズcat←ケルト*katu-「戦い」((古)アイルランドcath「戦い」,コーンウォールcas「戦い」,大陸ケルト Caturīges人名)←PIE*kat-u-(+接尾辞)(古高独hadu「戦い」)←*kat-「戦う」21
1 Bardsley(1901)p.154
2 Reaney(1995)p.79
3 Kenneth Hurlstone Jackson "Language and history in early Britain: a chronological survey of the Brittonic languages."(1953)p.298
4 Pughe(1832)vol.1 p.186
5 ONC(2002)p.720
6 Buck(1949)p.1145、Pughe(1832)vol.2 p.82
7 Pughe(1832)vol.2 p.70
8 http://www.ancestry.com/facts/cadogan-family-history.ashx、http://www.ancestry.com/facts/Wogan-family-history.ashx
9 Pughe(1832)vol.2 p.170
10 Harrison(1912-1918)p.64
11 Pughe(1832)vol.1 p.144
12 http://www.surnamedb.com/Surname/Cadogan
13 ONC(2002)p.968
14 http://www.spns.org.uk/bliton/cad.html、http://en.wiktionary.org/wiki/cad
15 http://en.wiktionary.org/wiki/ceiliog
16 Sims-Williams(2003)p.68
17 マビノギオン(Mabinogion)とも。Wikipedia日本版ではこの名前で立項 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%93%E3%83%8E%E3%82%AE%E3%82%AA%E3%83%B3)。私が利用しているウェールズ語辞典を編纂した ウェールズの古美術研究家・文法学者ピュー(William Owen Pughe)がこの名前を付けたらしい。 グリム兄弟もそうだが、言葉に興味がある人は、昔話にも強い関心を持つものらしい。所で、どうでも良い事だが韓国のオンラインRPGゲーム にマビノギの題名を冠したものが有るらしい。
18 この人の苗字は正確には何と読むのか判らない。アイルランド出身の家系学者。アイルランド語の本名表記はÉamonn Mac Giolla Iasachta。多分Iasachtaは/イサハタ/と読む筈なので、マクライサハトと仮読みした。彼の著した本は大いに活用させて頂いているのに、 苗字の読み方が判らないのは悔しい限りである。
19 読みは恐らく、/オ・キェダギーン/か(良く判らん)。綴りから判断すると原義は「Ceadágan(人名)の子孫」である。
20 http://www.libraryireland.com/names/oc/o-ceadachain.php
21 英語語源辞典p.764、Watkins(2000)p.37、Pokorny(1959)p.534、Buck(1949)p.1372

執筆記録:
2011年8月4日  初稿アップ
2011年8月8日  Pughe氏の姓の読み方が判った。彼の姓はゲルマン系の男子名Hugh(「精神」が原義)にウェールズap「息子」が前置したもの だそうだ。ウェールズでは良く見られる造語方式である。ついでに、タイプミスも修正。
PIE語根Cad-og-an:1.*kat-2「戦う」;2.*-ko-形容詞形成接尾辞、或いは *-eH2-所属を表す接尾辞;3.*-ōn-所属を表す接尾辞、或いは*-no-形容詞形成接尾辞

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