Alicia Bones(1327年Suffolk)
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①ニックネーム姓。エセックス州等、イングランド南東部に多い。中英bōn「骨」に由来する。後半の-esは、リーニーによれば
複数を表す語尾であるらしい
1。どの様な謂れのある姓か良く判らないが、恐らく体全体が「骨ばった
人、瘦せた人」を指した渾名が起源となっていると思われる。語末の-sは複数形を現しており、単一の骨を現しているのではなく、
体全体を指して表現したものである事が判る。
英bone「骨」は、ゲルマン*bainam(a語幹中性名詞)「骨、脚」に由来し、古フリジア,古ザクセンbēn「脚、骨」(西フリジア
bien,オランダbeen「脚、四肢」),古高独bein「脚、四肢、骨」(独Bein「脚」
2),古ノルドbein「脚、骨、腿(モモ)」(アイスランド
bein「骨」)の対応がある
3。ゲルマン語独特の単語で、「骨」を意味する同源の単語は同語派以外では
見つかっていない。『英語語源辞典』はこれ以上の語源遡及を記していないが、一つだけ有望な説が提唱されている。
印欧語根*bheiə-「打つ」に遡るという解釈である。この主張は英boneの祖形を、*bheiə-のo階梯に接尾辞が付いた形*bhoi-no-とする
ものである。PIE*-no-という接尾辞は、印欧語の語彙の派生に多用される形容詞形成語尾である。
その接続方式には何通りかのパターンがあるらしい。ワトキンズの印欧語根辞典には*-no-の使われるパターンを2種類
説明しており
4、その一つに動詞語根に接続して分詞(participal)を派生する機能があるとしている。英語のtake「取る」の
過去分詞takenの語尾-enはこれに由来するとあり、古いゲルマン語の強変化動詞の過去分詞語尾の起源となったという事になる。
然し、この分詞の派生方式は動詞語根のゼロ階梯に*-no-を接続するもので、o階梯に対してではない。例を挙げてみる。
●英drive「追い立てる」(←PIE*dhreibh-「追い立てる」)の場合
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不定詞:drive←古英drīfan←ゲルマン*drīѣ-an←PIE*dhreibh-ono-(e階梯)
単数過去:drove←古英drā←ゲルマン*draiѣ←PIE*dhroibh-(o階梯)
過去分詞:driven←古英drifon←ゲルマン*driѣ-anoz←PIE*dhribh-ono-(ゼロ階梯)
●英sing「歌う」(←PIE*seng
wh-「歌う」)の場合
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不定詞:sing←古英singan←ゲルマン*seŋʒw-an←PIE*seng
wh-ono-(e階梯)
単数過去:sang←古英sang←ゲルマン*saŋʒ←PIE*song
wh-(o階梯)
過去分詞:sung←古英ġesungen←ゲルマン*suŋʒw-anoz←PIE*s

g
wh-ono-
(ゼロ階梯)
※PIE*oはゲルマン*aに規則的に転じる。PIE*-ei-はゲルマンで*-ī-に発達。PIEの音節核になる-

-
は、挿入母音-u-を付してゲルマン*-un-に発達。PIE*-ono-は接尾辞*-no-の異形。
然し一方で、動詞語根のo階梯に*-no-が接続している例も散見される。以下に例を挙げる。
●英bairn「子供」←古英bearn←ゲルマン*barnam(a語幹中性名詞)「子供、息子」←PIE*bhor-no-←*bher-「産む」
●英token「象徴、印」←古英tāc(e)n←ゲルマン*taiknam(a語幹中性名詞)「印」←PIE*doig-no-←*deig/k-「示す」
●英wain「大荷車」←古英wæġ(e)n←ゲルマン*waʒnaz(a語幹男性名詞)「車」←PIE*wogh-no-←*wegh-「行く、車両でで運ぶ」
英boneが語根*bheiə-「打つ」に由来すると想定するならば、そのo階梯に由来していることは、上掲のゲルマン語派内の各対応形から明らか
である。然し今一、上に挙げた例を考慮してもo階梯と接尾辞*-no-の機能は良く判らない。だが、独Knochen「骨」(中高独knoche)という
単語の派生過程は参考になると思う。このドイツ語の単語は14世紀以降に現れた。中低独knoke,オランダknook,スウェーデン≪方言≫knoka
「骨」といった対応語が存在している
7。擬音語由来の動詞、中高独knacken「ドシンと音をたてる、ボキンと音をたてる」,中高独knochen「押す、
圧力をかける」といった語から生じた(古英cnocian,cnucian「打つ、叩く」,古ノルドknoka「打つ、とんとん叩く」)。
この様に、英bone系と独Knochen系の「骨」は、いずれも「打つ」→「骨」という転義を経て生じたと推測できる。将に、歴史は繰り返されるである。私の考えでは、ゲルマン祖語に
*bai-na-m ast-a-m「打つ骨」の様な言い回しがあり、この「打つ」を意味する前半の*bai-na-mが抽出され、「骨」を意味するようになった
のではないかと思う。「打つ」という修飾語がどの様な意味合いで付加されているのかわからないが、骨折とか骨片とか、そういった
意味合い・ニュアンスを持っているように見える。*bai-na-m ast-a-mは私がでっち上げた再建形だが、後半要素の*ast-a-mはPIE*ost-「骨」(ギostéon「骨」,ラos「骨」,
サンスクリットásthi「骨」)
7, 8から派生したと想定したゲルマン祖語形である(中性形の*bainamは一致の結果と
みなし、*astamも中性名詞で再建した)。実際には、PIE*ost-「骨」の後裔語は一切ゲルマン語内で見つかって
いない。これは、若しかしたらPIE*o-zd-o-s「鳥の止まり木」(第二要素*-zd-は語根*sed-「座る」のゼロ階梯形が、後方同化によりsが有声音化
したもの)に由来するゲルマン*astaz「大きな枝」(独Ast,ゴートasts)
9と形が似ていた為、一方の*astam「骨」が使われなくなった
からではないかと、私は勝手に考えている。ともかくも、英boneが*bheiə-「打つ」に遡るとする説は、意味・形の上でとても魅力的な
有望な解釈だと思う。
[Reaney(1995)p.53,p.24,ONC(2002)p.79]
Edward le Bon(1204年Oxfordshire)
1
Rocelin le Bun(1255年Wiltshire)
1
Edward le Bone(1273年Oxfordshire)
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②父称姓。アングロ=フランスbone「良い」
10を渾名に持つ人の息子を意味する姓。「善良な人」に与えられた渾名だったのだろう。最後の-sは
属格語尾か。
[Reaney(1995)p.53,Harrison(1912-1918)p.40,Bardsley(1901)p.117,ONC(2002)p.79]
1 Reaney(1995)p.53
2 尚、ドイツ語では専ら「脚」の意でしか用いられなくなっているが、Elfenbein「象牙」などの複合語に原義「骨」が名残を
留めている。
3 英語語源辞典p.141、Köbler idgW Bh項p.16、Buck(1949)p.207、英Wiktionary 古英ban項 etc.
尚、ケーブラーはゲルマン祖語形をa語幹男性名詞*bainazで再建している。古いゲルマン系諸言語では殆どが中性名詞で
現れているので、ここでは-am語尾の中性名詞の再建形を採用した。
4 Watkins(2000)p.58
5 英語語源辞典p.1653
6 英語語源辞典p.1284
7 Buck(1949)p.207
8 英語語源辞典p.1005
9 Köbler idgW S項p.15
10 Harrison(1912-1918)p.40
執筆記録:
2011年8月4日 初稿アップ