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Bole ボール
概要
①英bullと同語源で、「牡牛」を意味する渾名・屋号に因む姓。
②ゲール語の「愚かな、単純な、邪な、野蛮な」+「誓い」の意の要素からなる男名に由来。
③「ボヨ(Boio:人名)の居住地」を意味するノルマンディーの地名より。
詳細
Wulfwin Bule(1170年Hampshire)1
William le Bole(1214年Surrey)1
Adam atte Bole de Attlesthorpe(14世紀前半Canterbury)2
Simon atte Bole(1377年London))1

①ニックネーム姓、屋号姓。古英bula「牡牛」に由来する。上掲の姓の古形リストでatte Boleとあるのは、明らかに 屋号に因む姓である。オックスフォード州のストウナー(Stonor)に残る中世の手紙に次のように有る:"Also the londes þat Thomas Platt holdith, first his howne place cald the Bole, ..."(1478年(?))3。 トーマス・プラットという人物の使用人(howne)4の住居が「牡牛(the Bole)」と呼ばれていた事が判る 。又、le Boleの綴りを持つ姓は、何らかの点で牡牛に似ていた人物を指した渾名に由来するものと考えられる。 cf.ブルストロード(Bulstrode)
[Reaney(1995)p.71,surnamedb.com]
②父称姓。アイルランド語、スコットランド=ゲール語の姓Ó Baoighill(原義は「Baoigheall(人名)の子孫」)の英語音訳形に 由来する。男名Baoigheallの第二要素は、明らかにスコットランド=ゲールgeall「誓い」5であるが、 第一要素に関してははっきり判っていない。一応、スコットランド=ゲール語の形容詞baoth「愚かな、単純な、賢くない; 冒瀆的な、邪な、野蛮な;不注意な、不安定な」6に由来すると見る説がある 7, 8, 9。幾つかの苗字本では、この男名の意味を「空虚な誓い(vain pledge)」と しているのは10, 11、第一要素を形容詞baothと解釈しての意訳であると思われる。 これ以外の説は見られない。
[ONC(2002)p.86,MacLysaght(1999)p.23,Quinn(2000)p.46,surnamedb.com]
Gilbertus de Boivylle(1227年Orgreave(南ヨークシャー))12
Willelmus de Boyville(1291年9月25日Dumfries:兵士)13

③地名姓。スコットランドに多い。ONCによれば、かつてフランス北部の海岸沿いに住んでいたノルマン人によって英国にもたらされた姓で、 フランス北部のカルヴァドス(Calvados)県の県庁所在地カーン(Caen)の付近にある地名ボワヴィル(Boyville)に 由来するといい7、ゲルマン人の男子名*Boioと古仏ville「居住地」の合成地名だとしている。 然し、その様な地名はこの地には無く、更に言えばフランス全土を探しても何処にも存在していない。この説を最初に 提出したのは、ブラック(George Fraser Black)という人であるらしく、更に詳しい言及がある14。 それによれば、1291年にダンフリーズ(Dumfries)と、 ウィグタウン(Wigtown)、カークカドブライト(Kirkcudbright)の城主Henry de Boyvilleが居たと有り、上記の兵士 Willelmus de Boyvilleとも関係が有るとしている。そして、フランスのカーン付近のBoyville、もしくは ブヴィル(Boeville)、ボーヴィル(Beauville)という地名に由来するノルマン系の姓としている。然し、Boevilleの地名は 実在せず、Beauvilleはフランス南部のピレネー山脈近くに三件しか確認できない。他にも、 近い綴りでボワンヴィル(Boinville)という地名がフランスに4ヶ所あるが、いずれもパリ周辺などの内陸地に位置し、 これらがブリテン島にもたらされて地名姓と成ったとは考え難い。一先ずブラックが主張する説を裏付けられる地名は、確認が 取れなかった。
取り敢えず言えることは、上掲の説はこの地名姓がフランス語の様相を呈している点、姓の最初期の持ち主が城主という 支配階級である点の二つから、ノルマン=コンクェストによってもたらされ、由来元の地名をウィリアム征服王の ノルマンディーにおける拠点であったカーン付近に求めたのではないかと推察される。
そこで、私は、上掲の様な架空の地名や内陸地の地名に因む説ではなく、ノルマンディー東部のオート=ノルマンディー地方、 セーヌ=マリティム(Seine-Maritime)県に4ヶ所実在するビヴィル(Biville)と、1ヵ所あるブーヴィル(Bouville)という 地名に因むという説を提案してみる。これらの地名の古形は、Boyvilleという綴りと大変似通っている。 以下に詳しい所在地と、地名の歴史上の名前の変遷を辿る。

●ビヴィル(セーヌ=マリティム県/ディェップ(Dieppe)郡/トート(Tôtes)小郡/ビヴィル=ラ=ベニャルド(la Baignarde)村)
Buivilla(1240年)15
Buievilla(1337年)16

●ビヴィル(セーヌ=マリティム県/ル=アーヴル(Le Havre)郡/ヴァルモン(Valmont)小郡/イプルヴィル=ビヴィル(Ypreville-)村)
Buie villam(1032~35年)15, 16
Buievilla(1174年)17
Buiville(1240年)15
Buevilla(13世紀)17
Buiuille(1648年)17

●ビヴィル(セーヌ=マリティム県/ディェップ郡/バクヴィラン=コー(Bacqueville-en-Caux)小郡/ビヴィル=ラ=リヴィエール(la-Rivière)村)
de Boivilla(1040~66年)15, 16
Buievilla(1060年)16
Buivilla(1337年)16

●ビヴィル(セーヌ=マリティム県/ディェップ(Dieppe)郡/アンヴェルモー(Envermeu)小郡/ビヴィル=シュル=メール(sur Mer)村)
Boiavilla(1028年)15, 16
Bui Villa(1059年)15
Buivilla(1337年)16

●ブーヴィル(セーヌ=マリティム県/ルーアン(Rouen)郡/パヴィリ(Pavilly)小郡/ブーヴィル村)
Bovilla(1246年)17
Boavilla(1268年)17
Bouvill(14世紀)17
De Bovis villa(1640年)17, 18

原義は「Boioの居住地」か16。ボヨ(Boio)という名は、ドイツのフルダ(Fulda)で939年に記録が有る 19。男名はケルト人の一部族名ボイイ(Boii)に由来し、印欧語根*bheiə-「打つ」に遡り「戦士」と いった程の意味であると考えられる。この説で難点なのは、上掲に挙げた古名全てに、第一要素に属格語尾が見当たらない点で ある。ド=グランヴィル(Léonce de Glanville)の解釈では、第一要素はケルト語のbui,bue「泥(土)、ぬかるみ、泥水(boue, fange limon)」とし、かつて「泥だらけの村」であった事を示すとしている17。このケルト語は、 小学館『ロベール仏和大辞典』p.297に見えるガリア(大陸ケルト)*bawaの事であろう。仏boue「泥、ぬかるみ」の源となった語で ある。一方、ネグル(Ernest Nègre)は、ゲルマン人の男名ブウィーヌス(Buvinus)に因むとする15。 この男名は現仏の姓ブーヴァン(Bouv(a)in)の語源であり、ゲルマン人の男名ボウォ(Bovo)20の 愛称形である。Bovoは独Bube「ならず者」との関係が想定されている20, 21。但し、Buvinus 由来説だと、指小辞-in-が上掲の地名古形には見られないので疑わしい。
ウィリアム征服王は所領地であったノルマンディー全域から、ノルマン=コンクエストに投入する兵力を掻き集めたらしく、 オート=ノルマンディー地方出自の武将が参戦していたことが知られている(cf.サン=サーンス(Saint-Saëns))。バスカヴィル (Baskerville)、エヴェレスト(Everest)等もノルマンディー東部域の地名に起源を持つ地名姓である。
[ONC(2002)p.86,Black(1946)p.95,Dorward(1992)p.4]
◆スコットランド=ゲールbaoth←古アイルランドbáith,baeth(中アイルランドbáeth,アイルランドbaoth)←?。 マクベイン(Alexander MacBain)は、PIE*bhōi-「恐れる」(ラfoedus「不潔な、恐ろしい」,サンスクリットbháyatē 「恐れている」,古プロシアbiātwei「恐怖」,古教会スラヴbojǫ「恐れている」)との関連を想定している 22
1 Reaney(1995)p.7
2 Canterbury And York Society "Canterbury and York Series"vol.9(2010)p.204
3 Charles Lethbridge Kingsford "The Stonor letters and papers, 1290-1483"vol.2(1919)p.51
4 MED H項vol.5 p.994 この語はチョーサーの"Troilus and Criseyde"(1385年頃(?))にも同じ綴りで現れる。MEDによると、 中英hine「召使」(cf.英hind「召使」)と中オランダhuwen「家族の一員」(中英hineと同根)との混成によって生まれた語らしい。
5 Macleod(1831)p.319
6 Macleod(1831)p.56
7 ONC(2002)p.86
8 Kneen(1937)p.42
9 http://www.surnamedb.com/Surname/Bole
10 Smith(1986)p.85
11 Quinn(2000)p.46
12 Chetham Society "Remains, historical and literary, connected with the palatine counties of Lancaster and Chester."vol.9(1886)p.259
13 Joseph Stevenson編著"Documents illustrative of the history of Scotland from the death of King"(1870)p.259  4日後の29日の記録ではWillelmus de Boyvilと綴られている。
14 Black(1946)p.95
15 Nègre(1991)p.928
16 Morlet(1985)p.270
17 Léonce de Glanville "Promenade archéologique de Rouen à Fécamp et de Fécamp à Rouen."(1853)p.209
18 Francisque Michel, Charles Bémont, Yves Renouard "Rôles gascons"vol.2(1900)p.507
19 Förstemann(1966)p.271
20 Förstemann(1966)p.271
21 Morlet(1997)p.104
22 MacBain(1911)p.29、Pokorny(1959)p.161-162、"Zeitschrift für Celtische Philologie"vol.5(1905)p.329

執筆記録:
20年2月12日  初稿アップ
20年2月28日  トート小郡のビヴィルの地名古形の年代が脱落してたので、記入。
PIE語根①Bole:1.*bhel-2「膨れる、膨張する」
②Bo-le:1.(?)*bhōi-「恐れる」;2.(?)*ghos-ti-「異人、来客、敵」
③Bo-le:1.(?)*bheiə-「打つ」;2.*weik-「氏族」

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