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Walch ヴァルヒ
概要
「ロマンス人、外人」を意味する姓。
詳細
Conrad Walch(1286年Württemberg、騎士)1Wilhalm Walch(1327年Tyrol)1Nicolaus Walch(1365年Brünn)1Wilhalm Walch(1327年Tyrol)1Hans Walch(1392年München)2

ニックネーム姓、父称姓。中高独Walch,Walhe「ケルト人、ロマンス語系の人(特にフランス人・イタリア人)」3に由来し、 ロマンス語圏とりわけフランスやイタリアから来た人を指した姓。また同語源の古高独Walah「ケルト人、ラテン人、外人」4に由来する 古いドイツ人男子名Walah(o)5,Walch(o)5より。 [Gottschald(1982)p.513,Bahlow(2002)p.532,Kohlheim(2000)p.691] 
◆←ゲルマン*walχoz「ラテン人、ケルト人」(複数形)(古英w(e)alh「外人」,古ノルドValir(複数形)「フランク人、ケルト人」,フランク*walu (>ラGallia「ゴール(人)」))←*walχaz「外国の」←ケルト*Volk-(ラVolcae《複数形》「ガリア地方の人々」(カエサル『ガリア戦記』))←?6。 大陸ケルトvolcos「敏捷な」6(アイルランドfolg「敏捷な、活動的な」)7と 関係付ける説がドイツの歴史家グリュック(Christian Wilhelm von Glück)によって提唱されている8。他にも様々な説がある。 以下、英wikipediaのVolcae項を参考に諸説を列挙する。ウェールズgolchi「洗う」,古アイルランドfolc「入浴する」に由来し、「川の人々」を意味する 9。然し、古アイルランドfolcは名詞であり、意味も「どしゃ降り、曇り」10、「溢れるような水の流れ」 11である。「入浴する」は古アイルランド folcaim11《1・単・現》。 これらの語はPIE*welg-「湿った」12に遡り、独Wolke「雲」,露Vólga「ヴォルガ河」と同語源である。同じく、この語根の 後裔であるイリュリアVolcos(河川名)11と関係付ける解釈もある9。 最近のケルト語学者たちの見解では、ウェールズgwalch「鷹」との関連を想定するものが多く、ゴール人の人名カトゥウォルクス(Catuuolcus)13を ウェールズcadwalch「英雄(字義「戦い+鷹」)」14と関係付け、この人名の後半要素と関連付ける(但し、ドイツのグリュック は第二要素はアイルランドfolg「敏捷な」と同源とし、「闘いにあって素早い」を意味する名とする15)。 また、大陸ケルト*uolco-「狼」を語源とする説がある。紀元前600年頃にケルト人のテクトサゲス(Tectosages)族とトリストボギィ(Tolistobogii)族が ギリシアのデルフォイを襲った時に、大きな犬を引き連れて戦争をしたことが生存者によって記録されている。この犬は、現在のアイルランド原産の犬種 アイリッシュ・ウルフハウンド(全犬種中最大の大きさを誇る)の先祖と目されている。アイルランド語ではcū「犬」をcū allaid「野生の犬=狼」という表現で用い 16、犬と狼を殆ど同一の観点から捉えていた。 尚、*uolco-「狼」は英wolf,ラlupus,露volk「狼」と同じくPIE*wkwo-「狼」に 遡るのであるが、現在のケルト系諸言語では別語源の語を用いており17、ケルト語における PIE*wkwo-の後裔は(古)アイルランドolc「悪い、邪悪な」であるが意味が大分変わってしまっている 18。 、他に大陸ケルト語の 方言と考えられているレポント語(紀元前7-3世紀)に人名Ulkos19、古ブルトンUlcagnus(人名)20、 原初アイルランド《オガム》Ulccagni《男性名詞単数属格形》(人名)20の様な本当に原義が「狼」なのか怪しい対応が有るだけである (後半要素-agn-は指称辞)。フランスのケルト語学者ドラマール(Xavier Delamare)によると、他にもこの狼の語根を含んだ大陸ケルト人の人名が存在するらしいが、 未確認("Noms des personnes celtiques"(2007)という書物に所録されているらしい)。以上のごとく結局いずれの説も決め手にかけていよう。

1 Bahlow(2002)p.532
2 Kohlheim(2000)p.692
3 Lexer vol.3(1878)p.649
4 Köbler AHDW W p.11
5 Förstemann(1966)p.
6 英語語源辞典p.1556
7 この語は辞書で確認できていない。
8 Christian Wilhelm von Glück"Die bei Caius Julius Caesar vorkommenden keltischen Namen"(1857)p.56 これらの語は PIE*wel-「回転する」に遡る。
9 http://en.wikipedia.org/wiki/Volcae
10 Matasović(2009),http://en.wikipedia.org/wiki/Illyrian_languages
11 Pokorny(1959)p.1145
12 英語語源辞典p.1555,Watkins(2000)p.98,Pokorny(1959)p.1145,Buck(1949)p.65
13 カエサル『ガリア戦記』第6巻31節に"Catuuolcus, rex dimidiae partis eburonum."とあり、彼は大陸ケルトの エブロネス族の地の半分を統治する王であった。アンビオリクス(Ambiorix)と共にカエサルに造反を企てるが、自殺。
14 辞書に見えない語である。ネットのウェールズ語-英語辞典にcadwalch(《複数形》cadweilch)の語は見えるが、 語義が記載されていない。得体の知れない単語である。http://www.cs.cf.ac.uk/fun/welsh/LexiconWE.html
15 上掲Ch. W. von Glück(1857)p.47ff.,特にp.56。尚、この人名の第一要素は独Hader「争い、喧嘩」と同根。
16 風間(1987)p.115f.
17 アイルランドfaolの語源は不明。ポコルニーはPIE*wai-《感嘆符》「ああ」(cogn.英woe「悩み」,wail「悲しんで泣く」)を 語根とし、「悲しそうに吼えるもの」と解釈しているようである(Pokorny(1959)p.1110)。ウェールズblaidd,中ブルトンbleiz,コーンウォールbleit も古アイルランドbled「怪物、大きな動物」の対応があるだけで、語源は杳として知られない(Matasović(2009))。
18 英ill「悪意のある、悪い、病気の」,ラulciscī「復讐する」と関係付ける説があり(英語語源辞典p.689)、意味の上では こちらの方が妥当な説であろう。
19 Matasović(2009)
20 Pokorny(1959)p.1178f.
20
100 Watkins(2000)p.73
101 英語語源辞典p.1284,Pokorny(1959)p.891f.,Köbler IdgW S p.22

執筆記録:
2010年11月22日  初稿アップ
PIE語根:Wagen-seil:1.*wegh-2「行く、車で運ぶ」;2.*sai-2「結ぶ」
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