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Jena イェーナ
概要
ドイツ中部にある同名の都市の名に因む。「乾草の山、道」の意。科学用語のイオン(ion)と同根。
詳細
地名姓。ドイツ中部テューリンゲン州の都市イェーナ(Jena)(57Md43)の名に因む。地名の初出は、 ヘルスフェルト(Hersfeld)の地代記録簿第十巻に三箇所見られるIaniである(830~850年)1。 後の地名の変遷は以下の通り。
in urbe, quae Geniun dicitur(1002年)1
in Iena(1021年)1
mercatoribus Genę(1033年)1
Gene(1145年)1
in Slauico Jéne(1197年)1
Iehene(1216年)1
Iene(1252)年1
in villa Lutera prope Jhene(1349年)1
unam vineam in Jhenis(1360年)1
zcu Ihena(1442年)1
イェーナの神学者・郷土史家バイアー(Adrian Beier der Ältere)が17世紀に発表した説よれば、独Gahn「道」の稀な異型 Jahnに由来するとし、葡萄や穀物の収穫時に収穫者が利用するある種の通路に由来するとしており 2、最も広く知れ渡っている解釈である。この語は中高独jān「利益、列、刈り取られた草の列、 刈り取られた穀物」3(>独Jahn「乾草の山、刈り取られた草(穀物)の列、道」4) の後裔であり、グリム兄弟の『ドイツ語辞典』に見える 独Jahn《男性名詞》のことである。 独Jahnは営農家、ブドウ園経営農家、林業関係者の間で広く用いられている語であるそうで、 スイス方言ではja(h)n,johnの形で現れ、「野良仕事で特に刈入や草刈りをする時に、共通の目的地に向かって仕事をする為の 直線状に伸びている空間」を、ティロル方言ではjânで「穀類が生えている列」を、フランク方言ではjahn,gahn,gohn で「畑地、葡萄園、牧草地で仕事をする為に使う長く伸びた空間」を意味する5。 この語は英gain「利益」と同語源で、古仏ga(a)in「利益」の借入である6。 中高独jānに「列」の意があるのは、「収穫」の原義から「収穫物を並べた列、収穫する為の通路」の意味が発達したので あろう。「利益」の意味が共存しているのは原義「収穫」から別のベクトルで転義したものである。
ただ、このフランス語起源の単語の用例が始まるのは、早く見積もっても13世紀からであるらしく7 、それよりも約300~400年前の初出を 持つイェーナの地名がこのような新語に由来するとは、いくらなんでも無理があると思われる。
以下ナイル(Norbert Nail)、ゲッシェル(Joachim Göschel)共著の"Über Jena: das Rätsel eines Ortsnamens : alte und neue Beiträge"より、メンツ(Ferdinand Mentz)の説、コッホの説、ヘブライ語起源説を紹介する。

メンツは1935年にイェーナの地名はドイツ語に由来すると主張したが、その前年まではスラヴ語起源説を 唱えていた。彼の1935年以降の解釈によると、男名ヨハネス(Johannes)の短縮形ヤーン(Jan)に由来するとする。 地名初出時の9世紀には未だスラヴ人はキリスト教化していない異教徒であったのは疑う余地がなく、キリスト教由来の 個人名に因むのでドイツ語に由来すると解釈したのであった。西スラヴ語では10世紀以前にはIoannes>Joan>Janという 縮約は生じておらず、短縮名Janが地名要素として現れるのは11世紀からであり、ドイツでも9世紀に短縮名Janが 用いられていた記録がない。この解釈はフィッシャー(R. Fischer(1953))も提出していて、以降二人とも一貫してスラヴ語起源説を 否定する立場を取った。
ところが、イェーナ市にある景勝地で葡萄畑のある山イェンツィヒ(Jenzig)は12世紀に初見であるが、その古形は 明らかにスラヴ語である。以下にその変遷を列挙する。
montem Genzege(1158)10
de monte qui vocatur Gehnceb[erg](1185)10
vinearum in Chamburg et Genceberg(1185)10
in Genz/Gensk(1196)10
Ianzi(1215)10
Genzeke(1266)10
bij Ihene bie Gencz(1417)10
Jenzig oder Gänzig(1665)10
現名も既にスラヴ語の様相を呈しており、ライプツィヒ(Leipzig)やダンツィヒ(Danzig)といったスラヴ起源の地名の 語尾と同じく、形容詞を形成する接尾辞-skが現われている。祖形は*janskとみられ、イェーナの形容詞形である。 従ってmontem Genzegeとは「イェーナの山」の意味。*janskは「イェーナの」の意味とも解釈できるが、 低地ソルブjanske jagody「フサスグリ(字義「ヨハネスの苺」)」の語にも見られるように、「ヨハネスの」を意味するとも 解せられる。
一方、イェーナの郷土史家コッホ(H. Koch)はシャウアー(J. K. Schauer)が1858年に発表した説と関係して、ケルト gen「川の合流点、落合」に由来すると解釈する。このケルト語は、ベルギーはフランドル地方の大都市ヘント(Gent) の語源と解されている語である。イェーナを流れる大河ザーレ(Saale)に注ぐロイトラ・バッハ(Leutra-Bach)との 合流点を指すものだろう。
他には、当地が葡萄畑が多いことにかこつけて、ヘブライjain「ワイン」と関係づけるという相当奇抜な説もある。

以上の如く、この地名は形が単純すぎるため逆に確実な決め手となる手掛かりがなく、様々な憶説が呼び起こされることとなった。
筆者自身はこの地名はスラヴ語に由来していると考えている。以下に語源上関係があると思われるスラヴ語起源のドイツの 地名とその古形を列挙してみる。
1.Jahna(ザクセン州/)
ad Ganam(1150年)11
ecclesia in Gan(1203年)11
Robertus de Gane(1206年)11
Gana(1250年)11
zcur Gane(1470年)11
Jhane(1500年)11

2.Genin(シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州/)
Ginin(1163)12
in uilla Genin(1249)12
Ghynnyn(1369)12
Ghenyn(1428)12
Gnyn(1650)12

[Kohlheim(2000)p.350] 
◆中高独jān←?。古高独期の文献上の用例は無い。同語源の語もスウェーデン《方言》ån「道」以外は知られていない。 ポコルニーは、PIE*ei-「行く」(ギiénai「行く」,ラīre「行く」,サンスクリットéti「(彼は)行く」) に遡る語と解釈している100。科学用語イオン(ion)は上掲のギiénaiの現在分詞中性形に由来。 cf.ヒューベリオン(Hyperion)) 7
1 Norbert Nail,Joachim Göschel"Über Jena: das Rätsel eines Ortsnamens : alte und neue Beiträge"p.20ff.
2 Adrian Beier der Ältere"Geographus Jenensis: Abbildung Der Jehnischen Gegend/ Grund und Bodens"(1665)p.28
3 Lexer vol.1(1872)p.1472
4 Pokorny(1959)p.293ff.
5 Deutsches Wörterbuch vol.10 p.2229 上掲以外にも様々な同語源の方言がある。
6 Lexer vol.1(1872)p.1472, Deutsches Wörterbuch vol.10 p.2229 古仏gain,gaai(g)nは 古仏ga(a)ignier「獲得する、耕す」からの逆成。フランク*waiþanjan「狩る、掠奪する」に由来し、独weiden「(家畜が) 牧草を食う」(<古高独weid(an)on「狩る、食物を捜す、(家畜が)牧草を食う」),古ノルドveiðr「狩り」と同語源で、 PIE*weiə-「何かの後から行く、追跡する」に遡る(英語語源辞典p.551,Watkins(2000)p.97)。PIEからの意味の変遷は 「追跡する」→「狩る」→「獲物を獲る」→「収穫する、獲得する」→「利益」「収穫物を並べた列(etc.)」。 ポコルニーは中高独jān「列、道」,独Jahn「道、刈りいれた穀物の列」とスウェーデン《方言》ån「道」を 結びつけ、PIE*ei-「行く」(ギiénai「行く」,ラīre「行く」,サンスクリットéti「(彼は)行く」)に遡るとする (Pokorny(1959)p.293ff.)が、上掲のグリムやレクサーの示す説が正しく、ポコルニー説は誤りである。スウェーデン語の 単語はドイツからの借入か。
7 以下、中高独jānの用例をLexer、BMZ等の辞典が引用する文献:"dâ endet sich der rîme jân"(14世紀:Mariengrüße(天使祝詞));13世紀の文献『Die heilige Regel für ein vollkommenes Leben』; 1400年頃の文献『Schürebrand』等
7
8
7
7
10 上掲Norbert Nail,Joachim Göschel p.27
11 Baudisch & Blaschke vol.1(2006)p.344
12 Haefs(2004)p.108
7
100 Pokorny(1959)p.293

執筆記録:
2010年11月22日  初稿アップ
PIE語根:Jena:(?)*ei-「行く」
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