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Erlach エルラッハ
概要
①「ハンノキの生える場所を流れる川」「ハンノキの林」を意味する地名姓・居住地姓。
②地名姓。「C(a)erelliusの所領地」を意味するスイスの地名から。
詳細
Diepoldus de Erlahe(1181年)()1

①居住地姓、地名姓。語源的にはドイツ語圏南部域発祥であるが、ドイツにおける現在の分布はどちらかというと北部に多い。 オーストリアやスイスにも多い姓(但し、スイスのErlach姓は②を参照のこと)。 中高独erlach,erlech「ハンノキの藪」 2か、或いは古高独erila3,中高独erle4 「ハンノキ」(>独Erle)+古高独aha5,中高独ahe「川、水」6(>独Ache) に由来する居住地付近の地形に因む姓か、若しくは以下に列挙する同語源・同名の地名に由来している。

1.Erlach(バイエルン州/オーバーフランケン行政区域/バンベルク(Bamberg)郡/ヒルシャイト(Hirschaid)町)
Erlaha(1062年)7

2.Erlach(バイエルン州/ウンターフランケン行政区域/ヴュルツブルク(Würzburg)郡/アウプ(Aub)行政共同体/ ゲルヒスハイム(Gelchsheim)町)
Erlachen(1348年)8

3.Erlach(バイエルン州/ウンターフランケン行政区域/マイン=シュペサルト(Main-Spessart)郡/ローア(Lohr am Main) 行政共同体/ノイシュタット(Neustadt am Main)村)
Erlachen(1348年)9
Erlach(1394年)9
初出形Erlachenは2の初出と出典が同じなのだろう。どちらの地名に同定するか、識者の間でも意見が分かれている可能性が ある。ライツェンシュタインはTrost"Uferorte"p.148を典拠としている。

4.Erlach(バイエルン州/ウンターフランケン行政区域/ヴュルツブルク(Würzburg)郡/オクセンフルト(Ochsenfurt)町)
contra Hertwicum de Erlach(1151年:人名)10

5.Erlach(バーデン=ヴュルテンベルク州/フライブルク行政区域/オルテナウ郡(Ortenaukreis)/レンヒェン(Renchen)町)
Erlehe(1285年)11, 12
Erlech/Erloche(14世紀)11
Erlech(1379/1463年)11
Erleche(1411年)12
Erleiche(1411年)11, 12
Erlach(1533年)11, 12

6.Erlach(バーデン=ヴュルテンベルク州/シュトゥットガルト行政区域/レムス=ムル郡(Rems-Murr-Kreis)/ グロースエルラッハ(Großerlach)村)
Erlach(1575年)13
初出は1364年。

7.Erlach(墺/オーバーエーステライヒ州/ブラウナウ(Braunau am Inn)郡/ピッシェルスドルフ(Pischelsdorf am Engelbach))
Erlahe(1180年)14, 15
Erlach/Erlech(1303年)15

8.Erlach(墺/オーバーエーステライヒ州/ローアバッハ(Rohrbach)郡/ニーダーヴァルトキルヒェン(Niederwaldkirchen))
Herlaha(1090/1104年)16
ad Erlah(1131年)16
Erlahenses moniales(1140年)16
Monasterium Herlahense(1050年|ママ|)16
Erlahensis Ecclesia/Erlach(1151年)16
de Erlahe(1181/1183年)16
de Erlach(1186年)16
Erlah(1194年)16

その他、古形を確認できなかった以下の地名より。
9.Erlach(バイエルン州/ミッテルフランケン行政区域/アンスバッハ(Ansbach)郡/ロイタースハウゼン(Leutershausen)村)
10.Erlach(バイエルン州/オーバーフランケン行政区域/リヒテンフェルス(Lichtenfels)郡/ヴァイスマイン(Weismain)村)
11.Erlach(バイエルン州/ニーダーバイエルン行政区域/ロートタール=イン(Rottal-Inn)郡/ズィンバッハ(Simbach am Inn)町)
12.Erlach(バイエルン州/オーバーバイエルン行政区域/ミュールドルフ(Mühldorf am Inn)郡/ブーフバッハ(Buchbach)村/ オーデリング(Odering))
13.Erlach(バイエルン州/オーバーバイエルン行政区域/アルトエッティング(Altötting)郡/ウンターノイキルヒェン (Unterneukirchen)村)
14.Erlach(バイエルン州/オーバーバイエルン行政区域/ミュールドルフ(Mühldorf am Inn)郡/ラーヒャーツハイム (Reichertsheim)村/シュタインガウ(Steingau))
15.Erlach(バイエルン州/ミッテルフランケン行政区域/ニュルンベルガーラント(Nürnberger Land)郡/フェルデン(Velden)村)
16.Erlach(バイエルン州/オーバーバイエルン行政区域/ミースバッハ(Miesbach)郡/ロッタハ=エーガーン(Rottach-Egern)村)
17.Erlach(バイエルン州/オーバーバイエルン行政区域/ローゼンバッハ(Rosenheim)郡/フリンツバッハ(Flintsbach am Inn)村)
18.Erlach(バーデン=ヴュルテンベルク州/シュトゥットガルト行政区域/シュヴェービッシュ=ハル(Schwäbisch Hall)郡/ シュヴェービッシュ=ハル市)
19.Erlach(墺/オーバーエーステライヒ州/グリースキルヒェン(Grieskirchen)郡/カルハイム(Kallham))

この他にも同名の地名が存在すると思う。フランスにも有るらしいが、詳細不明。
[Gottschald(1982)p.174,Kohlheim(2000)p.223,Bahlow(2002)p.107,Feinig(2004)p.50]
②地名姓。スイス。ベルン(Bern)発祥の最も裕福で高貴な騎士・貴族の家族名。同国ベルン州、エルラッハ郡エルラッハ村 (Erlach)の名に由来する。フランス語名はセルリェ(Cerlier)で、全く違う名前になっているが同語源である。上掲①のErlach 地名とは別の語源なので注意。以下に地名の歴史上の変遷を列挙する。
castrum de Cerlie(1093年)17, 18, 19, 20
in abbatia Erlacensi(1093年)18
Erilaci(1182年)18, 21
ecclesia de Erilacho(1185年)17, 18, 19, 20, 21, 22
de Hereliaco(1192年)18
de Cerlie(1196年)18
Uldricus de Cerlei(1214年:人名)17, 18, 19
theutonice Herlach(1218年)20
Cellie(1274年)22
Cellie(1280/1301年)19
Cerlie(1338年)19
Cellie(1345年)19
Erliaco(1347/1392年)19
Erliaci(1348年)19
Erlach(1356/1358/1396年)19
祖形は*Caerelliacumと想定しゴール=ロマン系の地名とみなされており、原義は「C(a)erelliusの所領地」とされる 18, 22。ベッセ(Maria Besse)の説明によると、*Caerelliacumが後代のロマンス語に おける硬口蓋化により、*tserlako/ツェルラコ/の様な音形に転じ、これがドイツ語化して*Zerlachとなり、語頭を前置詞の z(e)「~へ」(英toと同語源)と解釈された異分析により取り払われて、Erlachの形になったとする。C(a)erelliusは ローマの共和政時代後期から帝政時代にかけて記録のあるローマ人の氏族名である。キケロー(Cicerō:紀元前106~ 紀元前43)の残した手紙の中にカイレッリア(Caerellia)23という氏族名(女性形)の裕福な 女友達が出てくる。又、紀元後170年代にブリタニアの政治家としてカイレッリウス・プリスクス(Caerellius Priscus) の名が記録されている24。名前の後半要素-elli-は指小辞であろうが、前半要素の 正体は良く判らない。
因みにフランス北西部サルト県(Sarthe)にある地名セリヤック(Sérillac)も*Caerelliacumを祖形とする地名で、同語源。
[Gottschald(1982)p.174,Kohlheim(2000)p.223]
◆独Erle「ハンノキ」←中高独erle←古高独erila(音位転換),elira←ゲルマン*alizō(ō語幹女性名詞)「ハンノキ」(古フリジア elren「ハンノキの」,中低独elre「ハンノキ」,ゴートalisō「ハンノキ」)←PIE*el-「赤い、茶色の」(ギélaphos「鹿」,ラalnus 「ハンノキ」,ポーランドolcha「ハンノキ」,古プロシアalskande「ハンノキ」)25 。スペインaliso「ハンノキ」はゴート語からの借入。ゲルマン*alizōに見える接尾辞-is-はスラヴ諸語にも 現れているが(露ól'cha,ポーランドolcha(<*olisā);古教会スラヴjelĭcha(<*elisā)([s]→[x]の転訛は所謂 rukiの法則による(cf.パルヒヴィッツ(Parchwitz))))、どの様な機能を持つ接尾辞か良く判らない。この機能不明の 接尾辞の後に、女性名形成語尾*-eH2が後続し、後にゲルマン語派内で*él-is-ā→*él-is-ō (PIEのaの長母音はゲルマン語でoの長母音に転訛)→*él-iz-ō(直前の母音にアクセントが無い無声摩擦音は有声化する ([s]→[z]:ヴェルネルの法則)と規則的な音変化を経て、ゲルマン祖語形が導かれる。
1 Bayerische Akademie der Wissenschaften"Historischer Atlas von Bayern"vol.36 p.60
2 Lexer vol.1(1872)sp.646
3 Köbler ahdW E項p.52
4 Lexer vol.1(1872)sp.647
5 Köbler ahdW A項p.24
6 Lexer vol.1(1872)sp.28
7 Historischer Verein für Oberfranken "Archiv für Geschichte von Oberfranken"vol.31-32 (1930)p.17
8 Freunde Mainfränkischer Kunst und Geschichte "Mainfränkisches Jahrbuch für Geschichte und Kunst" vol.21(1969)p.148
9 Reitzenstein(2009)p.160
10 Monumenta Boica vol.5 part.1(1763)p.210
11 http://erlach.oyla.de/cgi-bin/hpm_homepage.cgi?skip=26442846|||erlach
12 http://de.wikipedia.org/wiki/Erlach_(Renchen)
13 Reichardt(1993)p.99
14 Monumenta Boica vol.3 p.267
15 Bertol-Raffin et Wiesinger(1989)p.71
16 Ulrich Faust"Die Benediktinischen Mönchs- und Nonnenklöster in Österreich und Südtirol"vol.1(2002)p.396 四番目の古形Monasterium Herlahenseの年代は、他の古形との並列順序から1050年は誤りで 1150年が正しいと思われる。
17 Zimmerli(1895)p.2
18 Besse(1997)p.125f.
19 Philipp August Becker "Hauptfragen der Romanistik"(1922)p.47
20 Adolfo Mussafia"Bausteine zur romanischen philogie"(1905)p.317
21 Glatthard(1977)p.150
22 Heinrich Geisser"Die Entstehung von Max Frischs Dramaturgie der Permutation "(1973)p.85
23 Gaffiot(1934)p.240
24 http://www.roman-britain.org/people/priscus2.htm
25 Köbler idgW E項p.14、英語語源辞典p.29、Pokorny(1959)p.302-304

執筆記録:
2011年1月23日  初稿アップ
PIE語根①Erl-ach:1.*el-2「赤い、茶色の」;2.* akw-ā-「水」
②Er-l-ach:1.語根不詳;2.*-lo-指小辞;3.*-eH2男性名詞形成語尾

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