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Emmerich、Emmerig エメリッヒ
概要
①父称姓。ゲルマン人の一部族名アンブローネス(ラAmbrōnes)の名前に由来する男名Ambrichoより。
②古い男子名アンブリコ(Ambricho)か、或いはアンブローネス族の名に因む地名より。
③「全て+支配者」の意の男名より。
④「勇敢な、有能な+支配者」の意の男名より。
⑤「居住地+支配者」の意の男名より。
⑥「アングロ族+明るい」の意の男名より。
詳細
ドイツ西部に分布が偏っている姓で、ザールラント州、ラインラント=プファルツ州、ヘッセン州、ノルトライン= ヴェストファーレン州に多い。いくつかの語源がある。

Herbordi filius Embricho(1182年Albig(ラインラント=プファルツ州))1

①父称姓。古高独の男子名アンブリコ(Ambricho)2、エンブリコ(Embric(h)o) 2に由来するとされる。語尾の-ic(h)oは指小辞。Embic(h)oはウムラウトを受けた語形で、 Ambrichoより新しい語形である。第一要素Ambr-は紀元前2世紀に活動していた部族アンブローネス族(独Ambronen、ラ Ambrōnes3)の名前に由来する。この部族はキンブリ族(独Kimbern、ラCimbri 4)とテウトネス族(独Teutonen、ラTeutŏni5)と同盟を結び、 この同盟軍は紀元前113年頃にローマのノリクム属州に侵入し、ローマと熾烈な戦いを繰り広げた。 後にキンブリ族とテウトネス族は紀元前101年にローマに敗戦、滅ぼされた (キンブリ=テウトニ戦争)。
この3族はゲルマン系ともケルト系とも言われるがはっきりしていないが、ワタクシ筆者の考えではキンブリ族は族長の名前から ケルト系6、テウトネス族はその族名と族長の名からゲルマン系ではないかと思う 7
部族名の語源は明らかでないが、様々な説が提出されている。PIE*ombh-ro-「雨」(cogn. 英imbricate「魚の鱗が瓦の様に重なっている」) より派生し、「雨」或いは「水」を意味する部族名とされる。PIE*ombh-ro-に所属を意味する形容詞*-(o)no-が付随して 、ゲルマン語で規則的に*ambranōz(a語幹男性名詞複数主格形)となる。これが、ラテン語でAmbrōnesとして 借用されたと見る解釈で、形の上では問題が無い。逆に、ケルト語由来説をとる場合だと、 PIE*ombh-ro-のゼロ階梯*b-ro-(cf.ラimber「雨)の形から出発していることになる。
以下に、RGA vol.1(1968)p.252のアンブローネス族項の抄訳。この部族名に関する問題が巧くまとめられていて、 概要を理解出来ると思うので引用する。
"アンブローネス族(Ambronen)の名前は未だ確実な説明がなされていない。この名前は確かに印欧語の様に見えるが、 イタリック語派のウンブリア語の話者ウンブリ(Umbri)族やプトレマイオスが『地理学(Geographiae)』第三巻第五章に 記しているヴィスワ川(Wisła)8上流に居住していたとする系統不明の部族オンブローネス (Ὄμβρωνες(Ómbrōnes))族の 名前との関係が指摘されている。然し、アンブローネスはプルタルコスによってリグリア人の一族名(Marius c.19)、 フェストゥスによって「ならず者(turpis vitae homines)」を表す語として用いられている。一方では、この語は先史時代の 河川名や地名にAmbr-という形で広く現れており、ドイツではバイエルンの河川名アマー(Ammer)やアンパー(Amper)、 ヴェーザー川(Weser)に注ぐエマー川(Emmer)、オルデンブルクにある地名アマーラント(Ammerland) 9やアムルム島(Amrum)10や都市名エメリヒ(Emmerich:本稿②を 参照)として見出される。然し、ゲルマン人の居住地域の北部地域にはこの名前が欠けており、一方南部では広く見受けられる。 更にAmbr-は古いゲルマン人の個人名に含まれていることから(cf.Ambri、Ambriki等。独Emmerich)、ラimberやギómbros「雨」 と同語源で、河川名を語源とする説は大よそ受け入れ難いものである。アングロ=サクソン人の古い詩歌『ウィドシース (Widsith)』(第32行)11に、ゲルマン人の部族名としてユンブレ(*Yumbre(与格形Ymbrumで登場)の 名を挙げている。この族名の語根は*Umbr-であり、古英umbor「子供」12と語源上関係が有るように 見える。又、-mr-という連音は-mbr-に転訛する事がまま見られ、Amr-が転じた結果Ambr-になったとも考えられるので、 別の起源を持っている可能性もある。これらの事象から、我々がこのアンブローネスという名前の確かな起源・意味を 突きとめるのを困難にしている。(Herbert Kuhn)
フェストゥスの記述にもかかわらずアンブローネスは、プルタルコス(Marius 15.19.20)等の多くの古い記録に現れる テウトネス族の南下に同行したという記事から、恐らくはゲルマン人であったと考えられており、その為Amrum島の名前との 語源関係が指摘されている。アンブローネス族はアクアイ=セクスティアイ(Aquae Sextiae)の戦いで、ローマ軍によって その成員3万人がテウトネス族と共に全滅させられた。プトレマイオスが『地理学』(Ⅲ5,8)に記しているὌμβρωνεςという 部族は、南下途上にあったアンブローネス族の一隊がヴィスワ川上流で駐屯していたのを記録したものと思われる。 『ウィドシース』の記述によれば、*Ymbreと呼ばれており、また別の文献ではブリテン島発祥とされ(MGH. AA XⅢ 207,18ff. :omne genus ambronum id est Aldsaxonum)、アンブローネス族はサクソン族(Sachsen)と呼ばれていた。この部族の 北部に残った一団は、議論の余地はあるものの、デーン人による中世の古文書にYmbria、Imbriaと名付けられている フェーマルン(Femarn)島やアムルム(Amrum)島を所有したのではないかとも見られている。(Reinhard Wenskus)"

上記のごとく、識者によって解釈のスタンスが違う。クーンはプルタルコスのÓmbrōnes族や『ウィドシース』の*Ymbre族 とアンブローネス族との関係性には慎重であるが、ヴェンスクスは逆に積極的に認めている。いずれにしても、意味由来に 関して確実な事が言える様なレベルに無く、Ambrōnesの-(o)n-が所属を意味する形容詞語尾である事以外は真相は闇の中 である(この所属を表す語尾は、所謂ホフマンの接尾辞(Hoffmann suffix)と呼ばれるPIE*-H3 on-であると私は解釈する)。語源不明とするべきだろう。話は戻って古高独の男子名アンブリコ(Ambricho)は、その形容詞語尾が付いてない 形から出発している。この男名とアンブローネス族との詳細な関係も議論の余地が有ると思う。或いは、アンブローネス族 とは「*Ambr-族の所属者」を意味しているのかもしれない。また、余談だがこの男名はアメリカ合衆国の国名Americaの語源である、 古いイタリア人男名アメリーゴ(Amerigo)の語源である可能性がある(ハインリヒ(Heinrich)が語源とする説も有力)。
[Gottschald(1982)p.172]
Conradus de Emorica(1402年)13
Henricus de Embrik(1535年ヴェストファーレン)14
②地名姓。ドイツ西端ノルトライン=ヴェストファーレン州、デュッセルドルフ行政区域クレーフェ(Kleve)郡にある 都市エメリヒ・アム・ライン(Emmerich am Rhein(38Gb37))の名に因む。地名の歴史上の変遷は以下の通り。
Embrica(697/741年)15
in villa Embrici(828年)18
in Embrico(830年頃)16
Embrecha(922年)16
Embrick(970年頃)16
villa Embrica(996年)16
Embrico(1079/1122年)16
Embricke(1220年)15
Embricensis(1228/1318年)15
Eymbrica(1279年)17
Eimerick/Eymerick(1344年)17
Eymbric(1348/1417年)17
Emmerike(1350年)15
Eymbric(h)(1370年)17
Eymerich(1402年)18
Emrik(1433年)15
Eembrick(1537年)17
Embrick(1562年)18

原義は「Embric(h)o(人名)の居住地」19。男名エンブリコ(Embric(h)o)は古くはアンブリコ (Ambricho)であったが、ウムラウトにより頭音母音がE-に転訛した。語源の明らかでない名前であるが、ゲルマン人の一部族名 アンブローネス(独Ambronen、ラAmbrōnes)との関係を想定する説が有望に思える。最後の-ic(h)o,-ikoは指小辞。
又、地名はこのゲルマン人の部族名に直接由来しているとの解釈も有力(前述①項も参照のこと)。又以下の地名に由来する 可能性もある。

●エメリヒ(Emmerich)(ノルトライン=ヴェストファーレン州/ケルン行政区域/デューレン(Düren)郡/ ヒュルトゲンヴァルト(Hürtgenwald)村/ゲルムエーター(Germeter))
Embrikni(809年)16
Embrica(828年)16
エメリヒ・アム・ラインと同語源。

●エメルケ(Emmerke)(ニーダーザクセン州/ヒルデスハイム(Hildesheim)郡/ギーゼン(Giesen)村)
Embrike(717年)16
Eymbrike(854年)16
Embriki(1015年)15
Embrike(1146年)20
Emberke(1183/1251年)20
Embreke(1250年)20
エメリヒ・アム・ラインと同語源。エスターライ(Hermann Oesterley)はAnmarki(年代不詳) 15を初出としているが、「辺境地の上」を意味する別語源の喪失地名ではないのだろうか。

●エメリンゲン(Emmeringen)(ザクセン=アンハルト州/ベルデ(Börde)郡/オッシャースレーベン(Oschersleben)市)
Imerigge(1157年頃)16
Emerighe(1250年)16
エメリヒ・アム・ラインと同語源と思われる。

尚、エメリヒ(Emmerich)姓の分布から判断すると、エメルケ(Emmerke)とエメリンゲン(Emmeringen)は由来元ではない 可能性が高い。又、ナウマンはエメリング(Emmering)という地名に由来するともしているが、この地名はバイエルン州 南部にしか存在せず、こちらも本姓の由来元としては考え難い。
[Gottschald(1982)p.172,Kohlheim(2000)p.219,Naumann(2007)p.103,Morlet(1997)p.377]
③父称姓。4世紀のゴート族の王名や5世紀のスエビ族(独Sueben)の王名にも見られる古い名イルミンリークス(Irminricus) 21と関係付けられている。Irminricusは古高独で解釈すると、古高独*ermin,*irmin「全ての」 22+古高独rīhhi「支配者」23となる名。この名前の第一要素が 短縮された異形にエルメリーヒ(Ermerich:853年)24があり、-rm-という連音が-mm-に同化した ものと考えられる。但し、このタイプの同化現象はドイツでは殆ど見られないものであり、非常に多くの苗字辞典に 載っている解釈であるにも拘らず、かなり胡散臭い。
[Gottschald(1982)p.172,Kohlheim(2000)p.219,Bahlow(2002)p.104,Naumann(2007)p.103,Morlet(1997)p.377]
④父称姓。古い男名アマルリーヒ(Amalri(c)h)25、アメルリーヒ(Amelrich) 20(ゴート*amals「勇敢な、有能な」+古高独rīhhi「支配者」:cf.アムスドルフ(Amsdorf))に 由来するとする説がある。フェルステマン(Ernst Wilhelm Förstemann)はこの名前の異形としてアマリーヒ(Amarich: 744年)25を挙げており、この異形がiウムラウトを受ければ、Emmerichという形が生じ得る。
[Kohlheim(2000)p.219]
⑤父称姓。男名ハインリヒ(Heinrich)より派生した可能性をコールハイム(Volker Kohlheim, Rosa Kohlheim)は指摘している。 ハインリヒはハイミリーヒ(Haimirich)26という古高独の男名に由来したと見たもの 27。Haimirich の異形にヘーメリーヒ(Hemerich)26、ヘームリーク(Hemric)26、 ヘメリーヒ(Hemmerich)26、アイミリーヒ(Aimirich、Aymirich)26、 アイメリーヒ(Aimerich、Aymerich)26が有るので、これらが転訛してEmmerichになった可能性は 有り得ると思われる。この場合、原義は「居住地+支配(者)」。
[Kohlheim(2000)p.219]
⑥父称姓。ゴットシャルトによるとチェコのフルネク(Fulnek)で1569年に男名エンゲルブラハト(Engelbracht)の異形として エメリヒ(Emmerich)の名が使われたそうである。Engelbrachtは古高独の男名アンギルベルヒト(Angilberht) 28の後裔で、現独のエンゲルベルト(Engelbert)という男名も同じ語源。 第一要素は古高独Angli「アングロ族(ゲルマン人の一部族)」29、第二要素は古高独beraht「明るい」 30である。
[Gottschald(1982)p.172]
1 Beyer et.al.(1865)p.491
2 Förstemann(1966)sp.80
3 Gaffiot(1934)p.112
4 Gaffiot(1934)p.306
5 Gaffiot(1934)p.1565 尚、Watkins(2000)p.92にはTeutōnī、英語語源辞典p.1420はTeutonī。
6 以下にキンブリ=テウトニ戦争の記録に現れるキンブリ族の各族長の名前の語源を列挙する。
ボイオリークス(Boiorix):ケルト語で「ボイイ(Boii)族の王」の意。ボイイ族はケルト語で「戦士」を意味し、 PIE*bheiə-「殴る」のО階梯に遡る(cf.英Bohemiaボヘミア,独Bayernバイエルン)。彼は アラウシオの戦い、ノレイアの戦いでの戦勝に貢献したが、ウェルケッライ(Vercellae)の戦いで戦死した。
ガイソリークス(Caesorix):ケルト語で「槍の王」(ゴール=ラテンgaesum「槍」,古アイルランドgaë「槍、投槍」(Pokorny(1959) p.410))を意味する。第一要素はPIE*ghaiso-「槍」に由来し(英garlic「ニンニク (原義「槍ネギ」)」の第一要素gar-と同語源)、これが規則的にケルト祖語で*gaiso-となる(彼の名はラテン語の表記では Caesorixとなっているが、ラテン語の古い表記法は[g]音を"c"で表す)。彼はウェルケッライの戦いで敗北し、ローマの捕虜となった。
ルギウス(Lugius):ケルト神話の神名ルグス(Lugus:アイルランドLú光の神ルー)の形容詞形に由来すると見られる。 ウェルケッライの戦いで戦死。
クラオディクス(Claodicus):語源不明。PIE*kleu-「聞く」(cf.独Ludwig,ギHēraklēs,露Miroslav)との関係が指摘されている (Johann Kaspar Zeuss"Die Deutschen und die Nachbarstämme"(1837)p.143)。 音韻対応が不確実であるので、上記三名の名前に比べると根拠が薄弱な印象を受ける。
7 族名テウトネスはゲルマン*Þeuðanōz(a語幹男性名詞複数主格形)「部族に属するものたち」 に由来する(日本語の「ドイツ」と同根)。ケルト語を経由してラテン語に借用されたと考えられており(Watkins(2000)p.92)、 ケルト語話者が摩擦音の[ θ]と[ð]が母語に存在しない為、近似音の[t]を代用音写してTeuton-の形となっとされる (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AA%E6%97%8F)。テウトネス族の族長はテウトボド (Teutobod(ラテン語表記でTeutobodus))といい、ウェルケッライの戦いで捕虜となり、ローマ軍の凱旋の際余興として 公開処刑された。この人物の名前は明らかにゲルマン語で、*þeuðō「民」と*buðōn「使者」より構成された名前である。 ドイツ語圏では874年に同語源の男名Teotbodoが確認されている(Förstemann(1966)sp.1170)。
8 ポーランド中央を南から北に流れる同国最大の川。プトレマイオスは Vistúlaと表記している。
9 地名初出in Ammere(947年)。後、Ambria terra(1007年)、in pago Ammeri(1059年)。原義は「*Ambra川の辺の地」。河川名はPIE*ombh-「湿った」に由来するとされる(以上Haefs (2004)p.181f.)。
10 ユトランド半島の西沿岸にある島。地名初出Ambrum(1231年)、後Amromon(1240年) (以上Historische Gesellschaft zu Berlin "Jahresberichte der Geschichtswissenschaft" vol.11(1891)p.158)、 in Amerum(1462年)、to Ambrum(1509年)(以上Haefs(2004)p.62)。原形は*Ambrahēmと目され、原義は 「アンブローネス族の居住地」とされる(Haefs(2004)p.62、RGA vol.15(2000)p.459)。
11 ウィドシースは9世紀初出の古期英語による詩。ゲルマン人の各部族名と、その 族長名が列記されている。問題の32行の原文は以下の通り。
"Sceafthere Ymbrum,
Sceafa Longbeardum,"
ユンブレ(*Ymbre)族の族長シェアフトヘレ(原義「槍の柄・矢柄+軍団」)と、ランゴバルト族のシェアヴァ(原義 「削る者」)の名が見えるが、いずれの固有名詞も古期英語化されている。尚、シェアヴァ(Sceafa)の名は オランダの地名で下ネタとして良く引き合いに出されるスケベニンゲン(Scheveningen:発音はスヘーフェニグンに近い音 である)の名の第一要素と同語源。
12 Köbler aengW. U項p.2 語源不明の不変化中性名詞。英bear「産む」との語源関係を ケーブラーは指摘している。
13 Andreas Dederich "Annalen der Stadt Emmerich: meist nach archival. Quellen"(1867) p.17-18
14 Hugo Stehkämper "Der Nachlass des Reichskanzlers Wilhelm Marx"vol.57-58(1968)p.410
15 Oesterley(1883)p.159
16 Zeitschrift für deutsches Altertum und deutsche Literatur vol.73(1936)p.178
17 上掲Dederich(1867)p.18
18 Mülmann(1864)p.414
19 Kaufmann(1959)p.7、Berger(1993)p.91
20 Berichte zur deutschen Landeskunde vol.9(1951)p.402
21 Förstemann(1966)sp.800
22 Köbler ahdW I項p.77
23 Köbler ahdW R項p.38
24 Förstemann(1966)sp.792
25 Förstemann(1966)sp.77
26 Förstemann(1966)sp.591-592
27 但し、現独の男名ハインリヒ(Heinrich)は別語源の古高独の男名ハガンリーヒ(Haganrih) (Förstemann(1966)sp.578)とHaimirichが混成して発生した名前である。
28 Förstemann(1966)sp.91
29 Köbler ahdW A項p.76
30 Köbler ahdW B項p.23

執筆記録:
2011年1月23日  初稿アップ
PIE語根①Emmer-ich:1.語根不詳;2.*-(i)ko-形容詞形成語尾
②Emmer-ich:1.語根不詳;2.*-(i)ko-形容詞形成語尾
③Emme-rich:1.語根不詳;2.*reg-1「真っ直ぐ動かす、導く、統べる」
④Emme-rich:1.(?)*omə-,*amə-「前に進む」;2.*reg-1「真っ直ぐ動かす、導く、統べる」
⑤E-mme-rich:1.*(t)kei-「定住する、住む」;2.*-mo-形容詞形成語尾;3.*reg-1「真っ直ぐ動かす、導く、統べる」
⑥Em-merich:1.*ank-,*ang-「曲げる」;2.*bherəg-「輝く;明るい、白い」

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